サプライズ! [ワタシのキモチ]
今まで、自分から贈っても贈られたことのないのがプレゼント。
(あ、ただし、夫さまからは数えきれないほどプレゼントもらってますが、)
それも、今までスネをかじられるだけの子供からもらえるなんてビックリです。
母の日あたりの花屋さんは一年で一番忙しいのだそうです。
うちの娘の朝八時にいって、夜中に帰ってくるほど、ハードだったんです。
で、母の日で、花屋で働いていても、自分がプレゼントされるとは
考えていなかった・・・・。
ところが、今日娘から
「今まで忙しすぎて間に合わなかったけど、これ、プレゼントね」
と渡されました。
うわ~、アリガト。
ハハはとてもウレシイです。
いまどきの若い人をターゲットにした花屋さんですので、
ゴージャス&リッチという路線から外れていますが、
たとえ数本でもお部屋をかわいくセンス良く見せる工夫があるな、と感心しました。
たとえ、一人暮らしでも、お給料が少なくっても、部屋にお花を飾る
心の余裕ってとっても大事かな、と思います。
しかも、自分のために一本でもいいから、花をという気持ちが。
この試験管のようなベース。とてもセンスあると思います。
ありがとう。
La vie aventureuse de D'artagnan ~ダルタニャン物語 ⑧ 人物紹介 ラウル~ [読書&映画]

ラウルはデュマの作った人物です。そして
イマイチ、求心的魅力に欠けるので彼が主人公になった映像作品はありません。
ので、今回は17世紀・イギリスで活躍した宮廷画家、
アンソニー・ヴァン・ダイクの絵をお借りしました・・・・・。
前回、アトス人気のことはいいましたが、
それに引けを取らないくらい、人気があるのがミラディ。
やっぱり元夫婦だったから?なのでしょうか?
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さて、お殿様アトスはどうも女性の外見に弱いらしく、見目麗しい女性がいると
すぐにひとめぼれしてしまうようです。
ミラディと別れたあとも、好きな人を作るでもなく、ひとりでブスっと無聊をかこっているのです。
そして、要領がいいアラミスやダルタニャンがさながら花から花へわたる蝶のように、
女から女へ渡り歩いているのをみると説教する。
「貴様ら、っつたく。ケダモノだな。誠実さってものがないのか?」
「いや、あるぜ。アニキよ」
「どこがだ?」
「おりゃ~、ちゃんと女と向き合うときは、とことん尽くしてるもんな。
自分のことなんていっつも後回しよ。いっつも女が喜ぶことばっか考えてるもん。
文句なんていわれたことはないぜ。
だからさ~、朝起きたときなんかの女の顔の晴れ晴れとしていることといったら。
ほっぺたなんて、こう、ツヤツヤのピンク色でさ。
あ~、満足なんだなってわかるぜ。それのどこが不誠実かっつの!」
「ダルタニャン・・・・。オマエというやつは・・・・怒」
「アニキもさ、もうちょっとその、しゃっちょこばってンのやめたら?
なんならおれがいい女紹介するぜ、こうオシリとムネがバーンとあって・・・・・
むこうだって相手がアニキだったら、願ったりかなったり・・・」
「オマエはもう黙ってろ!」
「なんだよ、おりゃ、アニキのことを思えばこそ・・・・・イテッ」
(アトスがダルタニャンの頭にげんこつする)
ふたりのやりとりをそばでほくそえんで見ているだけのアラミス・・・・。
すみません、少々オハナシが下品になりました。
でも、ラウルがこれくらい、とまではいかなくても、
父譲りの「かたくなさ、がんこさ」がなければもっと人生は楽しいものになっただろう・・・・と
思うのです。
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ということで、今日はラウルを紹介しますね。
ダルタニャン物語、第三部のタイトルは「ブラジュロンヌ子爵」というのですが、
このブラジュロンヌ子爵こそ、ラウルのことなのですよ。
さてさて、ラウルは上記のように、父親がアトスこと、ラ・フェール伯爵である、ということは
まぎれもない事実なのですが・・・・。
実はね、私生児なのですよ。
ええ~。なぜ?と思うでしょう?
さぁ~、今解き明かされる「ラウル出生のヒミツ!」 笑
アトスが35歳くらいのころ(だと思うのですが)
そのときアトスはある密命を受け、とある修道院で修道僧の恰好をして
潜伏しておりました。
そこへ、ワケアリらしい男装の麗人が尋ねてきたのです。
そのとき、そのマリー・ミションと名乗る男装の麗人があまりにも
魅力的だったので、修道僧の恰好をしていたにも関わらず、アトスは我を忘れて
むりやりマリー・ミションと一夜の逢瀬を楽しんでしまうのです。
・・・あら、アトスって日頃厳格なクセに、いざとなったら大胆ですわね。
この「マリー・ミション」と名乗る美女は、シェヴルーズ公爵夫人で、
王妃アンヌ・ドートリッシュの大のお気に入りだったのです。
かのバッキンガムを王妃を密会させようと画策していたのが、
このシェヴルーズ公爵夫人とアラミスなのです。
実はね、昔シェヴルーズ公爵夫人とアラミスは深い仲だったんですよ。
ふたり揃って、とんでもなく陰謀好き。
それはともかく、アラミスは、昔の恋人が自分の親友の子供を産んだと知って、
びっくりしたでしょう・・・・。たぶん。
それも、女嫌いで通っていた、清廉潔白居士のアトスの子だっていうんですから。
シェヴルーズ公爵夫人っていうのは、実在の人物で、王妃の側近だったというのは、
本当のことです。
ともあれ、とびっきりの美女にしか心を動かされないアトスにそんな衝動を取らせてしまった
シェヴルーズ公爵夫人は当時、宮廷一の美女と噂に高い人だったのです。
公爵夫人は修道院で起こった一件は、全く予想外のことでして、
結局、強引な坊さん(と思っていた)の愛を受け入れてしまったのですが、
相手のことなど一切解りません。
遊び慣れている公爵夫人は「まあ、一夜限りのことだし、そんなこともあるわよ」で済ませていたのですが、
実は妊娠してしまったので、びっくり。どうしましょう。
当時は妊娠したら、人知れず産み落とすしか方法がありません。
産んだあと、赤ん坊をさる修道院へ置いていきます。いわゆる捨て子?
アトスは修道院からの報告を受けて、自分に息子ができたことを喜び、
シェヴルーズ夫人には自分が引き取ったことを伏せるようにと命令を下して
自分で育てることにしたのです!
でも、シェヴルーズ夫人は不義の子とはいえ、自分のおなかを痛めて産んだ息子のことを
密かに気にかけていました。
「わたくしのぼうやはどうなったのかしら・・・・・?」
でも、ラウルがモノの分別が付いた15・6歳ぐらいになったころ、ラウルはシェヴルーズ公爵夫人に
事の一切を打ち明け、ふたりの間にできたラウルを見せるのでした。
聡明で美しい、ふた親のいいところだけを取って生まれてきたような少年をみて
シェヴルーズ公爵夫人は涙を流します。
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とこのような具合なのですが・・・・。
その後、ラウルは7歳年下の幼馴染である、ブロンドの少女に淡い想いを抱きます。
その少女こそ、ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール。
ああ、ルイ14世の寵姫で有名なこの方が出てきたら、その時点で
この恋は破局で終わるのだな・・・・という悲しい予感を読者に与えてしまいますね。
筒井筒のような幼いふたりの愛をはぐくんできたと
信じてきたラウル。こんな顛末になるとはつゆ知らず。
悲劇の道をまっしぐらに彼は走っていきます。
実際、それはそのとおり、なのです。
ルイーズは、もともと地味で目立つことがキライな性格で、しかも優しい女性でした。
そこが、ラウルには好ましく映った美質だったのです。
ですから、ルイーズが華やかな美女がわんさかいる宮廷にあがったときは、「なんだ?この田舎のイモ娘?」
でバカにされていたのですが、「わたしが、わたしが」という自己主張の強い美女にたぶん食傷気味の
ルイ14世は、可憐な野の花のようなルイーズに食指を伸ばしてしまいました。
毎日、ごちそうばっかり食べてると、たまにはお茶漬けサラサラが恋しくなる、あの感覚ですね。
恋は盲目。ルイ14世とルイーズ
ルイーズは、もともとが堅実な性格だったので、ゆくゆくはラウルの妻になるだろうと思っていたし、
そのことに全く疑問に感じたこともなかったのですが、やはりそこに「人を好きになる」というか「恋をする」
というのは、人間の理性の効かないものでありまして、
ラウルに感じていた愛情というのは、「恋」ではないということを本当に人を好きになって初めてわかるのです。
そのことをルイーズは涙を流してラウルに赦しを求めるのですが、
ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール
ラウル自身、本当の恋をしたことがない、といいますか、そういう制御不能の感情を理解しえないのです。
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ああ~、親子して恋愛下手ですね。ラウル、そういうところは母親に似たらよかったのに・・・・。
少なくとも、失恋の痛みは次の恋で癒すという手段もあったというのに。
しかし、父親がアトスだったから、そういう助言をしてくれる人がいなかった。
「お前にも、またステキな女性がそのうちあらわれるさ・・・・」と。
ダルタニャンがそばにいれば、きっとそういってやれたでしょう。
・・・・・・ということで、自暴自棄になっていたラウルは
父親アトスの知り合いで、公爵でもある元帥に誘われて、軍隊に入り、
アフリカ行に加わることにするのです。
アトスはなんとなく、この旅は不吉なものに終わることを予感していました。
きっとこの息子は帰ってこない・・・・。
・・・・なんですかねぇ~。どうして言葉を尽くして息子を説得しないんでしょう?
もともとアトスは最初から、この縁談に乗り気ではありませんでした。
というのも、ルイーズの父親であるラ・ヴァリエール侯爵はすでに亡くなっており、
母親である未亡人は財産ありとはいえど、平民に嫁いでいました。
それに、少しルイーズは足が悪かったんです。
わが息子ならもっと格の高い、もっと美しい女性が似つかわしい、と思っていたのです。
(だけどラウルだってアトスの庶子だったわけだし、しかも母親は公爵夫人とえど、そのころは国家の反逆者として
国外追放の憂き目にあっていたので、それほどすごい、とも言えないと思うんですけれどね・・・・)
しかし、もともと息子のいいなずけを横取りしたカタチになる国王にケンカを売りに行って、
決裂して田舎に隠棲します。
もう、元の鞘にはもどれないふたりなのだから、
こんなやり方はマズいに決まっているのに・・・・。
本当に生きるのがヘタなアトスです。
このように、なにか不思議な諦観に包まれて、この親子はむざむざと終焉に向かって
ことを進めてしまうのです・・・・・・・。
うっすらと似てません? [ちょっとした考察]
昨日、ブログのための画像を探していたら、
アンソニー・ヴァン・ダイクの自画像が・・・。
海外ドラマ スパルタカス [ドラマ]
わたくしにはドラ友がひとりいます。
その方とわたくしは、スキなドラマの趣味が似ているので
いつもイキのいい情報を教えてくれるのです。
この人はちょっとまえ、「チューダーズ」を見ろと教えてくれました。
わたくしたちは、西洋の歴史モノが大好きなのです。
チューダーズは言わずと知れた「ヘンリー八世と6人の妻」の話なのですが、
ドラマならではの、じっくりと見せる展開で、ヘンリー八世の数奇な人生が
語られてとても面白かったです。
とかく世の中「ブーリン家の姉妹」ばかり取り上げられ、ヘンリー八世の猟奇的な性癖ばかり
スポットライトがあたるような気がしますが
ヘンリー八世が抱えている、イギリス王としての立場、正室からしか生まれた男子でなければ
嫡出子、つまりプリンス・オブ・ウェールズとして認められない、などということを考え合わせれば
王妃をとっかえひっかえ取り替えたのは何も不自然なことではなかったのだなぁ~ということが
実感されました。
本当に深い趣味の友がいることはシアワセですね。
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ところで、ドラ友より、5月11日から「スパルタカス」がレンタル・リリースされることを聞いて、
わたくしも、やおら重い腰をよっこらしょと揚げ、TUTAYAへと参りました。
どんな話かっていうのは一応、いつものように佐藤賢一さんの小説で予習しておりました。
ま、「スパルタカスの反乱」ぐらいは西洋史で習っておりましたので、フムフムです。
映画の「グラディエーター」以来、こういう剣闘士ものってむこうじゃ
一定のファンがいるみたいですね。
で、今日そのスパルタカスのⅠを借りてみました。
うぅ~~ん、まぁ、面白いっていっちゃ面白いんですけどね。
ちょっと前見た、ジェラルド・バトラーの「300」に雰囲気が似てるかなぁ~。
画面の処理とか。「300」は画面の黒いところが銀っていうかメタルっぽく仕上がっていて
それはそれなりにカッコいい映像でしたけど、
今度のもそれに近い感じ?ただ、時代がローマ時代なだけに、神話っぽいような。
わたくし的にいえば、ちょっとデジタル加工がチャッチイかな~。
やたらと血がドバ~って。ちょっと安直すぎるような気も。
以前見た「ROMA」は美術にすっごくお金かかってたけどね。
(映画「テルマエ・ロマエ」の美術セットはROMAの借り物だそうで・・・・・どうりで^^;)
今度はなんかウムムです。
やたらとバイオレンス&エロティック シーン満載です。
でも~、なんていうか猛々しくって、肉食獣って感じだし、
あけっぴろげすぎて、反対に萎えます↓
けど、妙に主人公が純情・・・・。これでいいのか?
愛する故郷トラキア、そして妻のために立ち上がったスパルタカスは
騙されて、熱愛する妻から引き離されてローマへ。
剣闘士となって勝ち抜けば愛する妻にも合わせてやろう、という剣闘士養成場主のことばに
すがって戦うことを決めたスパルタカス。
なんか単純やな・・・・。ど~でもいいけど。
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主人公のスパルタカスを演じておられる方って写真じゃ
コワイおっさんにしか見えませんけど、青い目がキレイでイキイキとしていいです。
こう次々とハンサムさんばっかり輩出されて芸能界も大変だな~と思っていましたら、
なんと主役のアンディ・ホィットフィールドさんはリンパガンのために
すでに亡くなっておられました。うへ~、黙祷です。
今回リリースされたのは、シーズン1だけなので、
シーズン2以降はほかの方が主役をやられるのでしょうね。
あ、リアム・マッキンタイアさんという方です。
写真を見る限りではそんなにアンディさんとの違和感はなさそうです。
ルネサンス的神秘主義に彩られた絵 Botticelli [ちょっとした考察]
甘い憂愁というのがこの人の絵の真骨頂。
Botticelli にはちょっとした思い出がありましてぇ~。
それはわたくしが中学生のころのことでありました。
当時のわたくしはなぜ、自分のような感受性に富み、優れた人間が
こんなイナカに燻ぶっていなければならないのかといゆー
不条理に悩まされておりました・・・。(オマエはカミュか? 笑)
なんせ、そこはとんでもないド田舎。一応県庁所在地には住んでおりましたが、
人々もそんなものには全く興味もなし。
ところで、学校の美術の先生がまた、とんでもない俗物っていうか、教条主義者で
「教科書以外のものは全部間違い」と言ってはばからなかった人でした。
当然のごとく、中学生のわたくしって人生で最高にトンガッていた時期でしたので
この人のこと、赦せなかったんですね~。ま、わたくしもカワイイ時期があったってことです。
で、件のBotticelli の日本語表記がたぶん「ボティチェルリ」だったかなと思うんですけど
先生が「それ以外の表記は全く認めませんよ!ボッティチェリもボティチェッリもみんな間違い!」
って宣言するんです。そしてまた、かの有名なモナリザがまたどういうわけか美術の表記は
「ジョコンダ夫人」になっていた。それがまたわたくしの勘にさわった。
「モナ・リザって書く人いますけど、それは間違いですからね!」とまたのたまう。
テストのとき、キタナイわら半紙にこれまた黒白の印刷でプリマヴェーラとダヴィンチの絵が印刷されていた。
これってほとんど絵画の冒涜じゃないの?・・・トに!
プリマヴェーラのほうは「この作者は誰でしょう?」
わたくしは惑うことなく Sandro Botticelli と書きました。
ダヴィンチのほうは、La Gioconda or La Mona Lisa と書いたのです。
結果は零点でしたけどね。
放課後、親とともに呼び出されて散々に説教されました。
「どうしてこうも反抗的な子供にしつけているんですか!」という先生のお叱りに
母親は「うちの子供は間違ってないと思う。日本語で表記するより、原語で書いたほうが正しいに決まっている。
お言葉を返すようだが、先生の考えは狭隘だと思う」といってくれました。
その後、美術の評価は10段階の1でずっと留まっておりましたが、別に「フン」と思っておりました。
今から考えたら、親に「あんたの思っていることももっともだけど、もっと要領よくなりなよ」
といわれたほうがよかったのかもしれませんが・・・・。
(でも、親には感謝してます)
恐ろしいですね。その当時の教育って。
こんなんでよく授業になったこと。そしてよくグレなかったものです。
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さて、昨日までエライ時間がかかって辻邦生の「春の戴冠」を読み上げました。
中央文庫から①から④まで出ているんですけどね、
わたくし、図書館で検索していたら、辻邦生全集のしかありませんでしたので
そっちので読みました・・・・。
ま、長い、長いわ~面白くないわ、で大変でした。
最近読んだ中では、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」の次ぐらいに面白くなかった。
いや、全然面白くなかったかといえば、そうでもなく、政治が絡まっているときは
ものすごい迫力がありました。
ロレンツォ・ディ・メディチの追い落としを図ろうと
パッツィ一族がジュリアーノを暗殺したときのロレンツォのパッツィ一族の報復への場面とか
あと、ロレンツォが死んだ後に台頭してきたドメニコ会のジロラモ・サヴォナローラと
フィレンンツェ市民の葛藤とか、それはそれは息もつかせぬ迫力があって
ドキドキしながら読みました。
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さりながら・・・・ですね、この本のたぶん主題であろう、Botticelli のルネサンス的な

Sandro Botticelli 自画像
ネオプラトニズム的イデア論とでもいいましょうか、神秘主義的な考察になると
美術評論を読んでいるのか・・・と思うくらいタルイ。
わたくしが思うに、このBotticelli ことサンドロの描き方がイマイチだったような気がします。
たぶん、すごく多面体というか複雑な人だったんだろうとは思いますが、
たとえば、ほとんど獣かと思う程、女に溺れているところとか酒におぼれているところとか
もっと深く掘り下げて書いてみたら面白かっただろうに…たぶん辻先生はお上品な方だったので
そういう下品な描写は避けたかったのかもしれないけど・・・・。
まぁ、佐藤賢一ほどにドギツく書いてくれとはいわないまでも、もうちょっと突っ込んでくれたらなぁと思います。
でも、だいぶ古い本ですので、世間的にあそこまで描くのが限界だったのかなと思います。
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全然関係ないんですけど、途中、フィレンツェの国の中で反乱をおこした街として

Edward が自殺しかけた場所、パラッツォ・ディ・プリオーリ
ヴォルテッラっていうところが出てきまして、
ん~、なんか聞いたことあるなぁ・・・・と思ったら、
あの「トワイライト」に出てくるヴォルトーリ一族の根城でした。
わたくし映画見ていたとき、
どうせ架空の町だろ、ぐらいに思っていたのですが、
ちゃんとそのヴォルテッラでロケしていたことが
わかり、少しお利口になりました。
このヴォルテッラというところは、なんでも虐殺されたときに色々と黒魔術的な噂が流れていたところでして
さすが、ステファニー・メイヤーさん、博学ぅ~って、ちょっと感心しました。
・・・・思い切りヨコですみません・・・・。
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ところで、本を読んでいるうちに
Botticelliの絵ってどんなもんだったのかなぁ~と気になりだして
いろいろと見たのですが、
最初はフィリッポ・リッピの工房で修行していたらしいです。
だから、なんとなく、リッピっぽい絵ですかね?

かつ、あんまりキレイじゃないです。
で、あるときですね、彼は自分の理想とも思える女性に出会うのです。
その女性こそ、シモネッタ・ヴェスプッチ!
シモネッタは、結婚する前は快活で愁いを知らない少女だったのですが、
結婚して初めて、熱い恋をする。
その相手こそ、ロレンツォ・イル・マニフィコの弟。ジュリアーノ。
シモネッタは恋に悩みます。夫のマルコ・ヴェスプッチのことはキライではないけれど、
愛していない。彼女は自分の不貞に悩みます。
そういったことが、ただ単純に美しいというカオの造形の中に
「愁い」という深いニュアンスを植え付けることになるのでした。
それを見た、サンドロは全身に「甘い痺れ」が走るのを感じ、「これこそが
自分の探していた女性像なのだ」と確信します。
そして、サンドロはシモネッタを描いて描いて描きまくり、
それから、あらゆるジャンルの女性像はシモネッタの姿なのです。
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こういう風ななりゆきは、ギリシャの古代以来の「モノの本質」を極めるという
ネオ・プラトニズムに依るところが大きいのだと思います。
つまりはシモネッタはサンドロにとっての「完全なる美」というか「調和」というか「女性の本質」だったのでしょうね。
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とこのように、延々エンエンとサンドロの考察が書かれていて読んでいるほうは全くの
忍耐です。わたくし別に botticelliのファンじゃないし。
ところで、前々からすごくすごく疑問に思っていることがあるのですよね、わたくし。
botticelli が描いた女性って妙にみんなおなかが大きいと思いませんか?

たとえば、ルーベンスみたいにたっぷりと贅肉がついている女性を多く描いたってわけでもなさそう。
腕とか首とか脚とかみんな細いのに、なぜ妊娠したように描かれているのか?
ただし、「ヴィーナスの誕生」の絵だけはすっきりとしたおなかをしています。

ダイガクにいたとき、先生に質問したら、この先生がまたイーカゲンな先生で
「単にこういう人が好きだったんじゃない?」 いい加減なことを・・・。怒
でも、この時代、確かにおなかの大きな女性が流行ったらしくて、
みなさんわざとスカートの下に座布団みたなものをいれておなかをふくらませていたのだそうです。
へぇ~、そうすると、着衣の女性はわかるけれど、じゃあ、「プリマヴェーラ」の三美神などは
どう説明するのだろうか?これは下手とかデッサンが狂っているとかそういう問題じゃない。
どうみても妊娠しているように見えるし・・・・。
当時妊娠している状態が一番セクシーだと思われていたとか・・・・?
どうにもわかりません。
だれか知っている人がいたら、教えてくださいマセ。
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このプリマヴェーラは永らくキタナイニスをなんども重ねられて塗られておりまして、
ちょっと前(ここ20年ぐらいの間)にそのヤニ色のニスの除去作業をしたのですよ。
すると、そこから出てきたのは、信じられないような美しい色彩です。
以前はほとんどわからなかったのだけれど、女神たちの足元には可憐な草花が咲いています。
この草花はほとんどがフィレンツェで咲いているもので、植物の名前もキチンと特定できるそうです。
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わたくしも、修復後の「プリマヴェーラ」と「ヴィーナスの誕生」はウフィッツィで見ましたよ。
ナンダカンダいってまた見てみたくなりました。
鳥が鳴いて目覚める朝 [ワタシのキモチ]
最近、昼夜逆転していて、ちょっと身体的にキツイ毎日を送っています。
夜中に目がさえて眠れなくて、ひとり蒲団に横たわっていると
どこからか「ピーピー、ピチュピチュピチュピチュ」という快い声が聞こえます。
それが聞こえるとたいてい明け方なのね、
まだ暗いうちに鳴いているので、トリってなんで夜が明けるのがわかるんだろう。
トリって偉大だ、な~んて思う。
それを聞いて感心しているうちに、なぜか安心して寝てしまうという^^
夜中って暗くって、却ってそれが強制的に「寝ろ!」って言われているみたいで
緊張したりして・・・。ヘンなの。
なにか、こう子供の遊んでいる声がしたり、
隣の家のラジオが聞こえてきたり、っていう日常の雑音って心地よい。
ちいさいとき、死ぬんだったら、朝がいい。と思っていた。
朝の青い空とキラキラ光るお日様を見ながら、
「今日も一日が始まるんだな」っていう雰囲気で死ねるほうが幸せだと思う。
自分がたとえ、この世を去っても、連綿として人の営みが続いていくっていう安心っていうか。
自分が死ぬとき、この世も一緒にハルマゲドンで滅べばいいなんて思ったこと一度もないなぁ~
一番イヤなのが人が全部死んで、自分だけが生き残った場合・・・。
それはとってもコワイだろうなぁ~
・・・・あのトリ、なんていうトリなんだろう?
カタチもよくわからないんだよね。だけど、とってもお気に入りです。
イラン初の快挙 イランの家庭の現状を描いた秀作 ~別 離~ [読書&映画]
今日はちょっと珍しいイラン映画 「別離」っていうのを見てきました。
この映画、テーマがイランの家族間の葛藤を描いたに過ぎないのですが、
世界各地で評価され、
第61回伯林国際映画祭 最高賞である金熊賞を満場一致で受賞。
さらに、銀熊賞(男優賞・女優賞)受賞、
そして第84回アカデミー賞 外国語賞受賞
ゴールデングローブ賞 外国語賞受賞という、イラン初の、数々の栄誉に輝いた作品です。
すごいね~
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わたくしたち、日本人は明治時代からすごい近代化の波が押し寄せ、
1868年の開国以来、ものすごい勢いで生活も考え方も西洋化されてきたと思います。
うちの娘なんて、高校に入るまで、神社とお寺の違いもわからず、
ふすまや障子のことを「紙のドアー」とか平気でいっていたのですから、
後は推して知るべし、といったところです。
でも、意外とわたくしたち日本人はこの現状が当たり前と思っていても、
遠く隔てた西洋やアメリカの人は、日本というと「フジヤマ、ゲイシャ」で
いまだに人力車が走っていたり、駕籠があったり、チョンマゲのサムライがいるんじゃないか
と勘違いすることにひどく腹を立てたりしますが、
そういうわたくしたちだって、中近東の人達のくらしぶりっていうのはよくわからないですよね。
チャドルを被った女の人でも、車の運転もするし、お受験だってあるし、っていうと
え?って一瞬びっくりするけど、よく考えてみれば、そんなこと当たり前なのです。
なにか、チャドルを被っていたり、宗教的戒律の違和感からつい、
本当のことが見えてなかったりするものなのかもしれないです。
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さて、このお話は、夫婦間の家庭裁判所の調停の部分から始まります。
この夫婦は離婚のことでもめているのです。
調停員は妻に尋ねます。
「ご主人はあなたに暴力をふるったり、ひどいことをするのですか?」
「いいえ、夫は大変いい人なんです、ですが私がすごく苦労して、外国へ移住権を取ったにも
かかわらず、外国へ行くのはいやだ、っていうんです」
「なぜ外国へ?」
「だって娘にもっといい学習環境を与えてやれるでしょう? この国では十分とはいえません」
そこで夫である男性がムカっとしたカオで言い返す。
「だって僕には父がいる。しかもアルツハイマーに侵されているんだ。
そんな父を見捨ててどうして外国へ行けると思うんです?」
「じゃあ、あなたは娘のことには無関心なの?」
「父親を見捨てて外国へ行ったって幸せなんかになれないはずだ!」
「あら、お義父さんはあなたの顔をみても誰だかわからないじゃない!」
延々と続く夫婦喧嘩・・・・・。
ふたりの間に一体何があったの?
ぐいぐいと映画の中に引き込まれていきます。
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この映画を見ていると、イランというか中近東という国は男に甘くて、女には厳しい国だなぁ、と思うんです。
なにが、っていってまず服装の制約ですよね。
男の人はアラビアのロレンスみたいなターバン(っていうの?)を付けている人なんて誰もでてこないし、
みんなジーンズにTシャツ。そのままふらっとアメリカやヨーロッパへ行ったって
全然違和感ありません。
それにくらべて女性。絶対に女性は家の中であっても、ストールというかスカーフを巻いてなきゃならないですね。
それで、もっと保守的な人になるとその上からがばっと全身を覆う黒い布を巻きつけています。
こういうのを我々がみると、「息苦しい」「おしゃれができない」「女性の近代化ができてない」って思います。
でも、イスラム圏の女性はそれで満足しているんだから我々が口出しすることないだろう、と考えるのも
また違うらしくて、やっぱり件の女性が外国へ移住したい、と思ったのも
こういう女性だけに課せられる社会的制圧が重苦しく感じているからです。
イランでも中流から上の人は女性だって結構教育はありますし、海外テレビドラマも性的表現の激しい箇所は
カットされるにしてもそのまま無修正で放映されます(というか、修正のしようがない)から
ことさらに、欧米へのあこがれが募りますよね・・・・。
(ただし、こういう昔ながらの黒いスカーフに長衣をさっと身にまとう姿っていうのは、
日本の昔の女性の着物姿と重なるところがあって、
イスラム女性の慎ましさというか、威厳があって西洋的な美しさとはまた別の美があります。)
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あと、介護の問題もありますし、ボケ老人が粗相したとき、もしヘルパーさんが女性だったら、
その体に触れたり、男性の体を見たりすることも時と場合によってはできなかったりするので、
本当に大変です。
だからといって、こんなイスラムの教えが旧弊すぎるからもっと近代化すべきだ、
長幼の序もとっぱらったらいい、っていうのもちょっと違うかな~と。
このお話には誰が悪くて誰がいいという、明確なラインはありません。
出てくる人、それぞれに家庭の事情を抱え、それなりに弱点もあるし、人間としての欲もあるし、
ごく普通の人々しか登場してきません。
だからこそ、よけいに堪えるのです。
初めは、家庭裁判所へ行って、ガンとしていうことを聞かない夫へのちょっとした制裁として
妻は実家にもどるんですね。
そうすると夫は仕事があるし、かといって父親をひとりにさせておくことはできない。
それでお手伝いさんを雇うんですが、
それがみるみるうちに大事件に発展して、思いもよらぬ大きな亀裂が夫婦間に入ってしまう。
こうなったら、今までたわいない夫婦喧嘩ですませて、すぐに仲直りできたであろう二人も
決しても元に戻れない別離へと向かわなければならない。
父親をとるのか、母親をとるのか、どちらかを自分で決めなさいと調停員にいわれる娘。
「決めましたか?」
「はい・・・・」
「どちらですか? おとうさん?それともおかあさん?」
「・・・・・・・」
「決めてないのですか?」
「いいえ、もう決めてあります」
11歳の娘は、自分の決断をいいかねて、泣きそうになるのをこらえて微笑む。
初めは両親とも娘の幸せを願っていたのに。
こんな結果を生むとは誰一人として想像もしていなかった。
涙、涙のラストです。
ちょっと不思議で怖いハナシ [ワタシのキモチ]
あの陰陽師で有名な晴明神社のすぐそばに住んでいます。
ここに越してきたのは、長男が生まれてすぐ、
ということなのでおよそ19年前、ということになりますね。
早いなぁ~。
晴明神社って存在は実はヘンだと思うのです。
だって晴明さんは、
御所の陰陽寮ってところに属する陰陽師なのであって、
陰陽道を信奉していたのだろうと思うのですね。
なのにどうして神道であるはずの「神社」?
ま、本来神社ってそういうごった煮みたいなところがあるから、この際、しのごのいうのはやめましょう。
晴明神社は晴明さんの自宅があったところに建てられたというのが建前ですが、
本当は今、京都ブライトン・ホテルが立っているところが晴明さんのおうちだったようです。
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まえおきはこれくらいにして、
今日の本題へと入りましょう。
わたくしが体験したちょっと怖い話、です。
何年前でしたかねぇ~、あんまりはっきり覚えていないってことはなかったことか・・・・
と今になったら自分でもそれが本当かどうか覚束ないのですが。
まぁ、今から5年ほど前の夏のことだったと思います。
たいてい、わたくしは昼間は家にひとりいるのですが、
掃除しているときとか、ひとりでテレビみているときとか、な~んか目の端に何かがひっかかるな
みたいな感覚に襲われて、「気のせいか?」で済ませていたんですが、
二階にいたら、階下で人の気配がするし、一階にいたら二階に人の気配がする。
で、上にいったり、下にいったりしても誰もいないんですね。
夜、したで誰かがテレビをつけてみている!と思い、したに降りて、リビングにいってみると
あれ?誰もいないし、テレビもついていない。
二階にあがるとやっぱり人の気配がする。
へんだな~、へんだな~ですごしていました。
ある晩、わたくしが寝ているとき、体にびっちり抱きついてくる人がいる。
私は寝ながら「な~んだ、夫さまか~」と思っていたのですが、
なんかいつもと様子が違う。
それは絶対に夫の体の感触とは違うんですね。
で、一瞬にして冷たいものが体に走ったわたくしですが、
体が金縛り。目が明かないんです。
それで、じたばたしていると妙なことに気が付きました。
その「何者か」っていうのがわたくしの、呼吸に合わせて呼吸しているんです。
もう、心はパニックです。そのとき、わたくし、キリスト教徒のはしくれでしたので
思い出したのが次のお祈り。
「全能の神よ、
すべての人の心は主に現れ、
すべての望みは主に知られ、
すべての密事は主の前に隠れることなし。」
これって聖餐式をする前のお祈りで全然、悪霊退散でもなんでもないんだけど、とにかく
これがココロに浮かんだのです。
そうすると、どういうわけかパっと体を締め付けているものが離れた。
もう、冷や汗びっしょり。
朝、夫さまにその怖かったことをいっても、
「なんか金縛りって体が疲れているのに、心のほうが目覚めているときに起きるもんらしいよ」
となにいってんの、みたいな口ぶり。
ああ~、あの恐怖はこの人にはわからない~、そりゃそうだ、あったことがない人じゃないと
わからないだろうと思う。
でも、わたくしも朝になって夫さまにこのことをいっていると、
思えたので、「あ、気のせいかもしれない、ごめんね」で済ませていました。
でも、そのあと、二三回、寝ている私の呼吸に合わせてくるナニかがいるな、
ということがあり、
もう、ひとりで家にいることが怖くなってきました。
もう、こうなったら、クリスチャンも宗旨もへったくれもない!
悪霊退散のお札だ!と
晴明さんでお札を買いまくって家中貼り付けています。
戸口にはすべて九字を書いて貼ってあります。
そのあと、すっきりこういうことがなくなった、とは覚えていませんが
徐々に収束していったような気がします。
アレがなんだったのか、本当だったのか、気のせいだったのか、なんて全然わからないし、
そもそも晴明さんのお札やお守りが役に立ったのかどうか、九字が役に立ったのかどうかすら
わかりませんが、わたくしが「あの世」っていうものをチラと垣間見た瞬間だった事件だったのです。
旅行鞄にも五芒星パワーをつけて・・・。
アーモンド・ケーキ [ローカーボ]

久しぶりに甘いものが食べたくなったので
アーモンド・ケーキを焼いてみました。
これは、自分でいうのもナンだけどめちゃくちゃおいしいです。
ローカーボで味気ない毎日を送っている人は多いと思うけど、
工夫次第では結構おいしい食生活が送られるので
みなさん、頑張ってみて!
材料
アーモンド・プードル 120グラム
卵 二個
バター 50グラム
パルスイート 40グラム (砂糖120グラム分の甘さ)
檸檬のすりおろし 適宜
生クリーム (今回は植物性を使用しました)50cc
無調整豆乳 適宜
ベーキング・パウダー 小さじ半分
あとは、ざっくり混ぜ合わせるだけ。
なぜ、豆乳を使うかというとこの場合、しっとり感を出したいからです。
豆乳や生クリームがなくてもできるんだけど、すると結構食感わるいんですね。
その日の天候加減にもよるとは思うのですが、なるべく生地が混ぜ合わせているうちに
こう、とろとろと流れるような状態にもっていくほうがおいしいと思います。
あと、オーブンは180度で40分ほど。
焼きあがったら、すぐに型からはずしてしばらくラップをかけておけば、
よりしっとり仕上がる気がします。
食感はほとんどフィナンシェです。おいしいです。簡単だし・・・・。
我慢しないでこまめに作って食べましょう・・・・!
La vie aventureuse de D'artagnan ~ダルタニャン物語 ⑦ 人物紹介 リシュリュー~ [読書&映画]

いかにもってかんじのキツネ顔 笑
このダルタニャン・シリーズおかげさまで、皆さまによく読んでもらえているようで
とても光栄に思います。
で、ちょっとびっくりしているのがアトスの人気の高さです。ほかの三人の比じゃありません。
アトスだけがずば抜けて高い!
一番人気がないのがどういうわけかダルタニャン。
みなさま、アトスのようにまっすぐで高潔な人柄に惚れるんですね・・・・・。
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さて、今日は悪の権化、枢機卿リシュリューの回ですね。
こどものための「三銃士」だと「悪 vs 善」という勧善懲悪的対立のほうがコントラストがはっきりしていて
わかりやすいのでリシュリューは、ショッカーの首領と同じような扱いですが本当はどうなのでしょうか?
でも、わたくし、子供版の抄訳での「三銃士」を読んだのがたぶん小学校五年生ぐらいの時だったと思います。
そのとき、リシュリューが悪者だということに露疑いはしませんでしたが、
「どうも王妃さまは、よその国のエライ人を好きになって、
勝手に愛の記念として与えてしまったというけれど、
これって王様に対してすごく失礼だし、イケナイことじゃないの?」
というものです。
それに、三銃士+ダルタニャンって王様のケライのはずなのに、なんで
王妃様のためにわざわざイギリスまでいかなきゃならないのだろう?
リシュリューに味方をするとまではいかなくても、
王様に「王妃さまはいけないことをしていますよ」
とご注進してもよさそうなものなのに・・・・と11歳なりに不思議だったのを記憶しています。

史実に残るリシュリューも自分がいつ、足元をすくわれるかわからないので
フランスの国内外にスパイを放ち、諜報活動をさせていたというのは有名なハナシだそうだ。
ね?そういわれればそうだな・・・とみなさんも思われませんか?
デュマはとにかく迫力ある文章が得意ですので、あんまり不自然にも思わないで
お話にのめり込んでしまうのですが、よく考えるとおかしいと思うこといっぱい。
じゃ、本当のリシュリューってどういう人なのか考えてみたいナと思います。
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枢機卿およびリシュリュー公爵アルマン・ジャン・デュ・プレシー(1585年9月9日 1642年12月4日)
カトリック教会の聖職者にしてフランス王国の政治家。1624年から死ぬまでルイ13世の宰相を務めた。
こういっちゃうと、なんか簡単ですね・・・・。
この人、アルマンっていうんだ。椿姫の恋人とおんなじ名前ですね。
いや、こんなんじゃ、全然わからないので、もうちょっと詳しく調べてみましょう。
リシュリューはフランス西部出身の下級貴族の三男としてパリに生まれました。
へぇ~、ですね。大貴族出身なのかと思えば、下級貴族ですか・・・。
しかし、身分としては下級貴族でしたが、父親のフランソワは軍人にして宮内裁判所長官、
そして母方の祖父は著名な法学者だったそうです。ではリシュリューの政治的手腕はこの父方、母方からと両方の
血統のものだったかもしれないですね・・・・。
9歳のとナバラ学寮へ入学。哲学を学ぶ。
・・・・ナバラということはこの人もガスコン?

ですが、父親が三十年戦争で戦死したため、アンリ四世はその報償としてリシュリュー家に
「リュソン司教職」を与えました。当時、職は売ったり買ったりできたみたいです。
最初はこの司教職をほかの聖職者に与えて、その実入りといいますか収入で
リシュリュー家は食べていたようです。でも、政府のほうから、実際にリシュリュー家の中の誰かが
司教に就かなければいけないいわれたようです。
で、すったもんだの末、まだ未成年のアルマン少年がこのリュソン司教になります。
実際まだ未成年ということで、司教になるのを危ぶまれたのですが、年若くても非常に聡明なことが
わかり、ヴァチカンも特例としてアルマン少年が司教になることを許可しました。
そして、マリー・メディシスの寵臣であるコンチーノ・コンチーニという冗談みたいな名前のイタリア人の
目に留まり、そこからリシュリューの出世街道が開けたわけです。
しかし、こののち、リシュリューは宮廷内の対立で揉まれに揉まれます。
まず、ルイ13世と母后マリー・メディシスの反目。ルイは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のことわざのとおり、
マリーの息がかかった連中を毛嫌いしました。マリーの寵臣コンチーノはもちろんのこと、コンチーノの
お気に入りのリシュリューも大嫌い。
ルイは自分の側近であるダルベールを用いることでコンチーノの追い落としを図ります。
ついに、コンチーノ処刑。ルイは「リシュリューを悪魔のように憎んでいる」とまで言いましたが、
国家存亡の危機にたち、そんなことも言っていられなくなりました。
なんせ、リシュリューは有能でしたので。
このころはまだ国王の地位も大貴族によって常に脅かされ、危ういものでした。
そして、フランス国内でのプロテスタントとカトリックによる宗教分裂で常に争っています。
リシュリューはこれは何とかしないといけないと思いました。
「私の第一の目標は国王の尊厳、第二は国家の盛大である」
つまり内憂外患のフランス国を目の当たりにして、
リシュリューは国王の地位を不動のものにして、中央集権国家を確立させ
国内の楯つく反乱分子を一掃してしまうのでした。
そして、カトリック王国としてのフランスを統一します。ですからプロテスタントの抑制にも努めました。
しかし、その一方で同じカトリック王国であるハプスブルグ家の繁栄を恐れ、
フランスよりも力を持たせないよう、あの手この手で抑制しようとします。
ときには、プロテスタントに手を貸し、ハプスブルグ家の進出するのを抑えようとするという
鉄面皮なこともやりのけました。
国家の繁栄ということであれば、手段を択ばないのです。
リシュリューには信念がありました。
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「フランスはあらゆる他国を抑えて強大にならねばならぬ」
「この信条に従わないものはすべて、国家の敵である」
う~~ん、すごいですねぇ。
カトリック勢力のフランスとスペインとの軍事的・政治的同盟のなにものにもほかなりませんでした。
が・・・・・。
結婚して16年、何度か妊娠はしたもののすべて流産。
そして、度重なる不倫。リシュリューもこの尻軽のスペイン女にはほとほと手を焼かされていたようです。
ルイ自身も男としての沽券にかかわることであり、この軽薄な妻のせいで
極度のストレスを強いられ、すでに22歳で若ハゲの危機に見舞われ、
鬘を着用することが、のちのファッションとして鬘につながっていくのです・・・。皮肉ですね。
これもひょっとして鬘なの~~ん?
いや~~ん、みちゃダメよ~ん。
髪ってストレスに弱いのよ、知ってた?
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そこで、話はもとに戻るのですが、リシュリューは「三銃士」の中でアンヌを追い詰めることで
どうさせようとしたのでしょうかね・・・・・。
王妃としての名誉がリシュリューによって汚されるから、ということで
ダルタニャンと三銃士はイギリスに渡ったような気がするのですが、
イマイチそこが理解しきれなかったような気がします。
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敵国フランスと戦争中だというのに、王妃と密会するという
ふざけたマネをしてくれるのです。
そのとき、フランス西部のビスケー湾に面する港、ラ・ロシェルはフランスのユグノーの拠点となっていました。
リシュリューはもともと聖職者より軍人志向だったので、
軍の指揮を執るのも得意だったみたいよ。
戦う枢機卿。
同じプロテスタントのユグノーを助けんとバッキンガム率いる英国艦隊はラ・ロシェルを救援しようと
駆けつけますが、自らが包囲軍の指揮官となって攻め入ったリシュリューに敗れ、ヴィリヤーズも
英国陸軍フェルトンにあっけなく暗殺されてしまいます。
お話では、ミラディがフェルトンを使って暗殺させたことになっていますが。
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このように、リシュリューは冷徹なマキャベリストであった半面、国益のが増すことのみを考えていた
類まれなる無私の人であったという器の大きな辣腕政治家でした。
為政者として広い度量を兼ね備えていたのです。
彼はどんなにルイ13世に疎んじられようが、フランス国王としてのルイの威厳を傷つけるようなことは
どんなことであれ、決して赦しはしませんでした。
国力を富ませるため、権謀術数のあらゆるすべてを駆使したことは言うまでもありませんが、
また文化的にもヨーロッパ第一級の国になるため、「フランス語の純化」に努めたり、
アカデミー・フランセーズを創設したのも実はリシュリューなのです。
・・・・一国の宰相までに登りつめる人は、クセがあってもそれなりに大きな器だったということです。
実際、ダルタニャン物語でも、リシュリューが亡きあと、銃士たちはしきりとリシュリューの時代を
なつかしんでいるのです。










































