So-net無料ブログ作成
検索選択
ワタシのキモチ ブログトップ
前の10件 | -

優先順位 [ワタシのキモチ]

最近ねぇ~、悩んでいるんですよ。

何をって。ハイ、優先順位ですねぇ。

っていうのも、やりたいことはどれもこれも

すぐにできちゃうっていうわけでもなくてぇ。

あ、お花だけはすぐに活けられますけどね…。

それにしても、編み物もめっちゃ時間かかるし、

編み物ほどじゃなくても、ソーイングもまぁま、時間かかる。

ピアノも上手くなるには時間かかるもんだし…。

本を読むのも、流し読みじゃなかったら、メモしながら読んでたりすると

これも結構、時間がかかるもんです。

あとなんといっても、小説書いてるのが一番アホみたいに時間がかかるかな。

朝の清らかな時間にモーソーしていると、

自分がものすごくバカみたいに思えるんで、

やっぱり創作活動は夜のようがいいみたいですね。

そもそも私が書く話って不健康な話が多いしねぇ…。

小説はね、しばらく止めていたんです。

というか、やらない、と思っていたんだけど、

人間とは不思議なもので、

いつ自分の気持ちが変わるかわからないもんなんですね。

で、最近、どうやってこれらの趣味を統合していけばいいのか、

悩むのよね。

本当はみんなそれなりに面白いし、また深い所で連動しているので、

みんな少しずつやればいいのだろうけど、

わたしったら、一極集中型なもんだから、

みんな少しずつ、じわじわとっていうのができない。

ああ、どうしたらよいものか。

神よ~、われに天啓を授けてくだされ~!!


寂しいのにうるさいのがきらい [ワタシのキモチ]

みなさん、こんにちは~

三連休がもうすぐ開けますね。

わたくしは、といえばダーリンがサービス業に従事したことで

土日が休み、という生活からオサラバしてこれで、もうだいぶたちます。

だから世間サマのように、土日が休みだからどっかいこう、とか

そういう生活がしたことがないです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、最近。

どういうわけか非常に寂しいんです。

わたくしが一番悪いんですけど、

ブログにしても、常連さんっていうのは

本当に面白いと思って読んでくださっていればそれに越したことはないんだけど、

お義理でポチられるっていうのが、ある時点で苦痛になりまして~。

それ以来、止めております。

たまたま、グーグルかなんかでひっかかって

こちらに流れてきた方が面白いな、と思って読んでくださっているのが

ある意味理想かなぁ、と思ったりしているんですね。

しかし、時には自分ひとりで発信していることが

寂しくなることもあるんですよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

っていって、ここが難しいところなんだけど、

やっぱり、会話っていうのは、自分と同じレベルの方と成り立って

同じ思いを共感できる、ってことが一番大事だとおもうので、

自分よりレベルが上でも下でも、とてもつらい。

そしてわたくしの場合、会話が楽しめる人数って、マックスで自分を含めて四五人なので、

それ以上になると、もう苦痛以外のないものでもないんですね。

あと、静かな場所が好きなんですよ。

もう、人がうわぁ~っている空間は、なんだか非常に疲れてしまって…。

そういうわけで、どこか星の王子さまのように

遠く、遠く離れた小さな星から、

おお~~い、と自分の声をキャッチしてくれる人はいないかなぁ、

いや、いないよね、

いたらいたで面倒くさい

う~ん、だけど寂しい、

と変な循環を繰り替えている

今日この頃なのでした。


けっこうハマりますよん♪ ぷりんと楽譜 [ワタシのキモチ]

いま、めちゃハマっていること。

それはピアノを弾くこと!!

IMG_5655.JPG

もともとピアノを弾くのは好きだったんだけど、

いかんせん、手が小さいので~~

本当は手が小さくてもそれをある程度カヴァーできる技術っていうのもあるにはあるんだけど、

それって、ちゃんと音大のピアノ科出たセンセイしか知らなかったりするんだよね。

いまからご自分のお子様に、本格的にピアノを習わせようかなと思っているお母さん、

そこらへんの先生を選んではいけません。

本当にもったいないですよ。ピアノは本当に最初に最初が肝心です。

わたしみたいに、間違ったポジションで習った人間は悲劇です。

ピアノを弾くときは、作曲された時代ごとに、ピアノを弾くポジションを

変えなければならない。レガート奏法なんて、子供の頃は知らなかったし…。

反対にノンレガートでひかなきゃならない時もあるし…。

ピアノは頭悪いと弾けないよね。(自分が一番アタマ悪い癖になにをかいわんや!ですよね。てへ)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

しかし、そんなことウチの親なんかのしったことじゃなかったんでしょうねぇ。

ところで、わたくしもその昔、息子のために買いましたピアノ…。

あきらめずにやっていればそのうちにうまくなれるはずさ!と五歳から

小学五年生まで芸大の先生についてやらせたけど、

最後はセンセイのほうが根を上げちゃって

「向いておられません…」チックショーなのでありました。

そのあと、仕方がないので、わたくし自身が芸大の先生について

本格的にピアノを五年ほど習ったんですが、

なんていうのかな、ピアノって楽譜どおりにひくのは意外とそんなに

難しくなかったりするんです。

だけどね、問題は音色なのよね。

オーケストレーションにも負けないほど、カラフルにピアノを弾くときは

やっぱりそれなりに技術みたいなもん、必要なんですよね。

あああ、ショパン、アルベニス、ドビュッシー、ベートーベンモーツァルトと弾いてみましたが、

あかん!むり!

特にモーツァルト!

簡単そうに見えてモーツァルトほど難しいものはない。

とくに、あの駆け抜けていく疾走感みたいなの、ほんとうに表現するの難しすぎて、

いつまでたってもセンセイは「結構です」っていってくれないんですよね~。

でも、結果的に子供のころなんかと違ってダンチに巧くなったことには

感謝しているんですけど、

やっぱり、こういうものすごく大事なテクニックみたいなもんは

子供のときに伝授されたかった…。

自分に才能がないのと、才能がなくても正しく適正なレッスンが受けられなかったことに

気が付いて、二重に辛い思いをして

ピアノをしばらく止めていたんです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ですが、最近、ぷりんと楽譜というのを発見しまして、

お手頃、すぐ買える。それに結構下世話な曲も売っていたりして

あははは

みたいなノリでいくつか買いました。

もういいんだ、楽しければ!

最初購入したのは、フランス革命にハマっていたから

「薔薇は美しく散る」!

これさぁ、すごくドラマティックでテンション最初から最後まで

高いから、弾いててしんどいよね。

これさ、普通にアニメをぼけっと聞いている分にはわからないんだけど、

そうとうモーツァルトを意識して作ってあるんよ。

簡単そうに聞こえて意外と難しい…。ま、上級だから??

(間違っても中級とか初級は買いたくないのだった…)

途中の間奏がどうってことない感じなんだけど、

あれを126で弾けと言われても…。ハイ、ここ五六年ピアノを弾いていないので

全然ムリです。ハノンをイチからやらなければ…。

ぷりんと楽譜、アンドレの曲もないんかな~と思ったら、他の出版社ので

サントラ全楽譜つきでン全円というのがありました。

そこまでのめり込んでどうする?もういいです。耳コピするし。

別にコードがわかりゃ勝手にアレンジするから。

あ、アルペジオめんどくさそう~。 

で、こういうのは絶対に客観的に聞かないとうまくなれないから、

録音してみるんだけど、自分じゃメリハリつけてるつもりでも、あれ~?っていうくらい

平板なプレイしかできないものです。

あとはポルノの「アゲハ蝶」そして、斉藤工と上戸彩で評判だったドラマ「昼顔」

で使われていた「ネバー・アゲイン」

アゲハ蝶はコード進行はなんか単純で楽譜見なくてもああ、そうかそうかで

わかるんだけど、問題はリズムです!

あ~、わたしこんなにリズム感ないんやね~と悲しくなったわ。

これって、スパニッシュ・ルンバっていうんだって。

でも、昔アルベニスの「タンゴ」っていうハバネラのリズム(曲と内容が矛盾している?)

で相当手こずって鍛えられたのが幸いして、左手ばっかり強制的に練習したら

なんとか行けた。

ネバー・アゲインはめっちゃ簡単で、読譜もまったく時間かからなかったんだけど、

めそめそ湿っぽく右手を寝かして弾くのがなんか難しいよね。

左手のアルペジオもどうってこともないんだけど、いかんせん長い間のブランクがあって、

めちゃやかましい。もっとPで弾かねばならないのにぃ~。

どれもみんないい曲なんだけど、きれいに弾くのは難しい。

まそれも楽し!です!!


決断するとき [ワタシのキモチ]

人間、大なり小なり、何かを決めなきゃならないときがあります。

そこには、「それに決めた」という、責任がやはり、大なり小なりついて回るものなのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたくし、先日、多少大きな決断をしました。

不特定多数の方が読んで居られますので、

詳細なことは言えませんが、

まぁ、決断というのは、どちからというと、

離婚や、恋人な別れなど、あんまりポジティブじゃないほうの決心が多いかな。

そして、そういうときの決断は、必ず配偶者とか、恋人など、相手があり、

また、その相手の心を傷つけるのもやむを得ないものだったりするのです。

「今日から、私は〇〇キロになるまで、絶対に甘いものは食べない!」みたいなのに、

決断っていうことばは使わないと思う、どちらというとそれは「決心」だと思います。

ちょっと、決断というのは重い言葉かな~と思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

決断するときは、卒爾として「それを決行することを思い立つ」場合もあるのでしょうが、

実はもうちょっと、それをアクションに移すまでには、複雑な心の逡巡というものがあるのです。

まぁ、心の底に何かに対する「疑問」というか自分の心が不快に思える、混声合唱であれば、

バスのような低音の響きがず~~~っと流れ続け、

ある時点で怒りというか、不快感がクレッシェンドしていき、高みに上り詰めるかと思えば、

そこで、止揚し、また思い直して

「いや、それは相手(対象とするもの)に対して、曲解しているのかもしれない、と考えなおし、

少しデクレッシェンドして、というように、

波の満ち引きのように、感情、あるいは思考のゆさぶりがあるものなのです。

しかし、あるとき、何かがトリガーとなって、許容できるキャパシティーの喫水線を超え、

我慢も限界に達して、行動を起こそうか、と考える。

感情というと、何か非常にヒステリックに聞こえるだろうけど、

もっと、突っ込んでいえば、人は何か他の者には節を曲げられない部分があるのです。

それを曲げてしまったなら、もはや、それは自分であって自分ではない。

自分というものの存在を他に飲み込まれないようにと行動する、正当防衛であると

今の私は考える。

どんなに仲がよい友人であっても、それが別の個であるのであれば、

全く価値観が100%一緒ということはありえない。

さて、そこでですが、熟考しないで、感情に任せてすべてをぶちまけるのは、タダのバカでしょう。

少なくとも、自分にプライドがある人なら、これから自分がやろうとしている「行動」について、

出来る限り、俯瞰的に

広い視野で、もう一度考えてみるものなのです。

そうやって、行きついた先の「決断」あり「行動」なのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたくし、今回は、そういったプロセスを踏んで実行しました。

しかし、やはりものすごいバッシングに会いました。

でも、そういうふうになるだろう、とは行動する前からある程度予測していました。

なるべくなら、そういう行動を起こしたくないというジレンマを潜り抜けてきた果ての行動なのです。 

だから、そのことについて、どんなに「短慮」だと罵られようと、

トリガーを引いた直接の原因だけを見て、他人は「ああだ、こうだ」と非難してこようと、

しかし、私は一人で決断したのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

決断というのは、孤独な作業です。

これから起こると想定される事柄も、なんとなくわかっています。

本当は、だらだらと決断することを先延ばしにしているほうが楽という場合もある。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

しかし、これだけは言わせてください。

誰かに相談したからといって、「決断」の意志なんて変わらないのだという事を。

あなたからみて、私は「間違って」いたとしても、

あなたは私じゃないし、私はあなたじゃない。

分かり合えない深い溝がお互いの間に横たわっているという事を。


春を待ち望む詩歌 [ワタシのキモチ]

 

愛子卒業制作2.jpg

今の季節はわたくしにとって一年中で一番好きな季節です。

冬来たりなば、春遠からじ、とはイギリスの詩人シェリーの詩の一節ですが、

まさにそのとおりで、春を待ち焦がれるキモチ、希望にわくわくとムネを膨らませるその

弾んだキモチこそが大事ですね。

わたくしは皮肉屋でして、春爛漫にサクラが咲き誇る頃になると、

なぜかキモチが落ち込むのです。

なんか一年で一番いい季節が過ぎ去っていく―

で、なんか「花の色は~」みたいな虚無感にさいなまれてゆく。

だから、最近はあんまり花見だ、花見だと、騒がなくなりましたかね~

「花はさかりに、月はくまなきをのみ、みるものかは」という心境です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、今の季節にぴったりな歌二首をあげてみましょう。 

 

 

紀貫之 


袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ

 意味は

夏の日に袖を濡らして手ですくった水が

冬の間に凍って長い間そのままであったけれど、

立春となった今日の風がその水を解かしているのだろうかね。

 

 

 

 

 

 

式子内親王

(この人、本当にすごい歌読みですね。) 

 

山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

 

山深く、春が来たのもわからない山家の松の戸に、

玉のような雪解け水がぽたりぽたりと落ちかかっている。

 

 

この二つは、その昔、国語の教科書に載っていた歌ですので、

御存じの方も多いでしょう。

こうやって思っていると、いかに国語の教科書って腐心されて作られているかってわかりますね。

 

とにかく、今は一年中で一番寒い日が続くけれど、

なんとなく陽光などは春めいているんですよ、

そんなかすかな春の兆しがココロをときめかせるのです。


おせち料理 [ワタシのキモチ]

 

fukuIMG_0513.jpg

お正月にはおせち料理がつきものですね。

ですが、以前にも書いたとは思うのですが、

我が家はおせち料理を食べない一家だったのです!

 

別にイデオロギー的なものは何もありませんで、

単に「まずいし、冷たいから食べたくない」「もちはキライだから、御雑煮は食べたくない」

それだけの理由でした。

なにが哀しゅうて、あんなマズイものに高いカネを払わねばならん。

そもそも、おせち料理というのは、そんなに歴史が古いわけでもなく、

実は明治時代にうんぬんかんぬん…(長男の弁ですが、理屈っぽいので省略)

つまり、やっぱり食べたくなかったのでしょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

結局、正月から牛すね肉の煮込みだ、ステーキだ、アワビだと

掟破りなことばかりしてきたのです。

でも、ここにきて、長男(二番目)が成人して、ハタと考えてしまいました。

長女はまぁ、今じゃヨメに行ってもぜんぜん可笑しくないトシになってしまったわけですよ。

そこで、ダンナさまの実家でお正月を迎えたとする。

「Aさんのお正月のおせちはどんな感じなの?」と

にっこりムコウのお母様がうちの娘に尋ねたとする。

うちの娘はボケだから取り繕うこともせず、

「え~、ウチはおせち嫌いだったんで、食べたことなかったんです」

な~んて平気でいいそう。や、ヤバイ。

ウチワでは何をしていてもいいとは基本的には思いますが、

将来的に、揉め事のタネになるようなことはしたくない、と

心配性のハハはこう思ったわけなのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

で、一大決心(そんな大げさな)をしておせち料理をつくることにしました。

まず、煮しめの部分に相対するものをと思い、

PCで煮しめを検索していましたが、

オーソドックスなものはたべそうないな~

ということで、鶏肉の入った筑前煮を作りました。

これって、どこがごちそうなんだろう?

ただのおそうーざいだよね?とか思いながら。

あと大根とひろうす(がんもどき)の煮しめも同様の思いでつくりました。

あと、紅白なますを作ろうと思ったのですが、以前作った時、

わたくし以外の家族全員、「酢の物はきらい」といことで

箸もつけてもらえませんでした。ううう

ということで、きくらげを入れて、ゴマ油をたらし、ゆずの果汁で味付けしたマイルドな

マリネモドキ?にしました。(結局、これもほとんどわたくしが食べたんだけど、箸をつけてもらえた分だけ進歩)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

31日の買い物をしたとき、すでに数の子みたいなものはすべて出払っていました。

やっぱり、それ以前に買わなきゃダメってことですね。

でも、うちはやっぱりわたくし以外、かずのこキライなんで、ひとり一口でいいんです。

こういう場合、デパートでごく少量、お惣菜コーナーで買うほうがいいのかもしれない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さて、問題の御雑煮ですが~

全員、

「なにが哀しゅうてあんなマズイものくわにゃいかん!」というのです。

まぁね、たしかに夫の実家の御雑煮は激マズでした…。

なんせ、どろどろに溶けたおもちに、なんかしらんまたどろどろにとけたエビイモが入っていて、

どろどろの白みそが入っているだけ、というシロモノ。

わたくしもアレは嫌でした。

でもって、京都の人々がみながみな、アレを食しているかっていうと

そうでもないみたいで、もっとさらっとしてだしの効いた御雑煮食べているみたいだけどね。

というわけで、今回はまるもち、白みその京風はやめて、

切り餅ですましの富山の実家のものに多少アレンジを加えてみました。

富山の御雑煮には、富山湾でとれるきときとのアマエビがつきものですが、

京都のスーパーには売っていなかった。

やっぱり、デパ地下の鮮魚売り場へ行けばよかった。

来年は絶対に、デパ地下行くしね。

カモを入れることも考えたのですが、カモもなかなか食材として難しいところがあるし、

今回は、おもちと野菜とカマボコのみ、にしました。

赤い金時人参、大根を短冊切りにし、干しシイタケをいれ

カマボコを入れる。焼いたおもちをいれて、暑いすましを注いだあと、結んだ三つ葉と

きれいに細工した柚子を飾りいれる。

ウン、我ながら綺麗にできたワ(写真なし 笑)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

家族は、このすまし雑煮だったら文句もいわず食べてました。

やっぱり、来年も作るわ~。

 

今度のお正月はもっと華やかにIVVの金箔が入ったガラスの器ひ一人一人の分を

盛り付けてオードブルのように、食べることにしよっと。

日本酒もかたくなに嫌がっていた夫サマ。

そうですね~、来年はモエエシャンドンかなんか、シャンパンでも用意しましょう!!

fukuIMG_0513.jpg

 

 


ハナシの話 [ワタシのキモチ]

みなさま~、こんにちはぁ~、

ブログをさぼりまくっているsadafusaです~汗 汗

書こう、書こうというか、ネタは溢れるほどあるんですがね~

でも、なんていうのかな、文章書くってことは意外と体力がいることでもありますね~。

気が付けば。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

というのも、わたくし、最近体調が悪かったんですが、キモチも暗かったんですヨ。

というのも、11月にいつものごとく、三か月ごとのキチっとした歯の定期健診、加えて、

TMTC加えて、トリートメントをしてもらっていたのです。

というのも、歯が悪くなったら、ゴッツお金がかかることを知っていたから!

…そ、それなのに!なんですねぇ~。

去年の暮、一度左上の小臼歯のあたりの歯茎に

どういうわけだか膿がたまって、レーザー治療をしてもらったんですが。

しばらく様子を見ましょう、とのことでした。

ですが、やっぱり、根治されていなかった模様。

 

秋ごろからなんだか、違和感があるなぁ~とは思っていたのですが、

今回、歯科衛生士さんに、チェックをしてもらっていたら、その箇所がやっぱり異常を来していたんです。

その歯の周辺の一部だけ、歯周病の深刻な状態のときのようにエアーポケットができていました。

で、あわててレントゲンをとると、なんとなく、歯に黒いななめの影がある。

「う~~ん、もしかして、中で歯が折れてるかもしれませんねぇ~」とのこと。

その歯はねぇ、今から15年程まえ、やっぱり隣の歯が途中で折れて抜歯したため、

全く健康な歯だったのに、

ブリッジするために削った歯なんですよ。

どうも、今回、そのブリッジの重荷に耐えられなかった様子。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

で!中で折れているということは処置しようがないということらしい。

で、結局は抜歯することになるんです! 涙、涙。

で、そのあとの選択肢というのが、懐具合によって分かれるわけよ。

ひとつは保険の適応範囲内で済ます。

となると、ぜ~~んぶ、入れ歯、しかも、銀歯です…とほほ。

で、ちょこっとマシになると、銀色の部分は値段に応じてなくなっていくのね。

で、究極の選択っていうのがあって、それはインプラント、人工歯根をいれるのね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

インプラントか、あるいは、入れ歯か…

こんなことで悩んでいるわたくしも、そうとうヤキの回ったオバチャンの年齢なんだなぁ~という

哀しい悟りのうちに、なんかいろいろとポジティブな可能性に向けて

お金の算段をしていたんです。

ですがね!!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いままで通っていた歯医者さんは、なかなかの商売上手らしく、

通っているうちに、先生がひとりでチマチマとやっている医院から、

最新設備を整え、先生が院長となり、下に幾人もの歯医者さん、その他のスタッフを抱える

ラグジュアリーなクリニックと変身してしまっていたのね。

まぁ、今までは、その快適な空間の恩恵を受けていたわけですが

ここにきて、局面は一変してしまうんだな。

インプラント一本50万、プラス消費税、だそうです。

今回、わたくし、二本抜歯したから、百万、+10万+αだそうです!!

ええ~!!!

百万ですか!!

なんか、絶望に暮れていたんだけど、こういうとき、

天使というものはいるもので、天使はトモダチの身体を借りて知恵のコトバを囁いたのです。

もっと安くできる、インプラントの名医を紹介してあげる

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

なんと、件のトモダチの御主人はそこでご自身の歯をなんと11本、インプラントにされたそうですが、

一本当たり平均28万だったそうで。

安い!とはいわないまでも、インプラント市場価格50~60万が相場の昨今では

かなり、かなりリーズナブルなお値段ですよねぇ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

とはいえ、そういう安いところで手術した場合、かなりの割合で適応障害に悩まされている人って

いるらしいんだけど・・・・・。

でも、その歯医者さん、なんでも皇族の方のインプラント手術にも立ち会われたこともある

インプラント界 では有名な名医なんだそうでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

紹介されて、件の病院のある場所へいくと、

ま、立地はいいんですが、典型的なセンベービルで。

絶対に、建築違反やろ!と突っ込みたくなるような間取り。

むりやりエレベターを入れたみたい。

形ばかりの沓脱場にへばりつくようにして、長椅子がおかれ、

靴脱ぎ場を中心にして、北と南に二床ずつ治療椅子が置かれているので、

先生も看護師さんも、沓脱場の真ん中に板をおいて、

ひっきりなしにそれを踏みながら、あちこち移動されております。

別に可笑しくもない状況なんだけど、妙にユーモラス。

患者さんは、近所のおばあさんとか、ムスリムの外国人とかそんな人ばっかり。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

先生曰く、

「インプラントで儲けるつもりないんよ。

困っている人からカネを巻き上げるなんて

なんかみっともないじゃな~~い?」

・・・・そうなんだ。現代の歯医者さん版『赤ひげ』??

よく聞くと、患者さんの中では、大学病院でも投げられた親不知の歯を抜くために

来た人とか、やっぱりインプラントの手腕を口コミで聞いて、北海道からも沖縄からというふうに

全国津々浦々からこられているみたいで。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

とにかく、先生は忙しい。

一日中、玄関に渡した小さな渡し板を踏みながら、あっちの患者さんに麻酔掛けたら、

こっちの患者さんの治療、というふうに、息つく間もない。

ひとりで南北に分けられた四人の患者の治療床を

さながら、花から花へと移りゆくちょうちょのように、ひらりひらりと治療していかれるのです。

でも、わたくし、先生を観察しているうちに、なんというか

「職人気質」のようなものを見出してしまいました。

結構、それなりに手ごたえある仕事を楽しんでおられるようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

土曜日、抜歯してきて、年内は傷が癒えるまで要観察。

インプラントが終わるまで、仮の入れ歯を装着するのですが、

前のクリニックでは1本作るのに、10万以上するというわれていた入れ歯が

こちらでは、2本で五千円未満。

値段ってなんなんでしょうね~?

 

先生、ありがとうございます。先生のところへは足を向けて眠れません!

 

 


おしゃれとキワモノの間で [ワタシのキモチ]

最近、ハンドメイドに凝りだして、

あれこれ作るようになりました。

Tシャツも作れば、セーターも作る、アクセサリーも作れば、鞄も作る。

でもね、

最近、ちょっと考えることもある。

いつの間にか、作ることに熱中するあまり、周りの「流行」や「常識」というものを

失ってやしないかと。

ダンディーの元祖であります、ボー・ブランメルさんはこういいました。

「ダンディーたるもの、すれ違った人に振り向かれるようであってはならない」

そうなんですよ!言い得て妙。

おしゃれ、っていうものは、なんとなく「かっこいいな」

よくみれば、「素敵」という、「さりげなさ」が命なのでありまして、

「ほ~ら、ほらほら、わたしをご覧!」というふうな

ま、たとえていうなら、紅白の小林幸子のようであっては決してならないのですよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ちょっと前、「ハンドメイド」は既製品ではできない付加価値をもたなければならない、

というのがわたくしの持論だといいました。

しかしながら、「わたしはわたし」に固執するあまり、「おしゃれ」を逸脱して、

バサラにかぶくあまり、「ちんどん屋」になってしまっていることも多々ある。

そうなっては、決してならないのですよね~。

孔子さんは、中庸、中道が大事だとおっしゃいました。

ファッションの道でも、右でも左でもなく、真ん中を歩いていくことが

本当に大事。だけど、とても難しい。

 


手仕事はてまひまのかかる最高の贅沢品(かも?) [ワタシのキモチ]

わたくし、最近ハンドメイドおたくになりつつあります。

今、ハンドメイドの習い事は、

① フラワーアレンジメント

② ニット

③ ソーイング

④ 刺繍

⑤ ヒンデローペン(トールペイント)

うわ、五つもやってるのか!って感じですよね。

一番、ラクチンなのがフラワーアレンジメントです。

1175028_449781461804888_454915931_n.jpg

お教室に行きさえすれば、すでに器も花も用意されてます。

オアシスはしっかりと水分も吸ってますし、そしてキレイに透明のビニールでコーティングされてます。

…実はここまでの作業ってすごくメンドクサイんだろうな、と思うのね。

地味な仕事こそ、時間と手間とテクニックがいると思うんだな。

プーゼさんは、贅沢なことに、テーマはいっしょでも、ひとりひとりの花束が違います。

色も素材もそれぞれに違う。

こんなふうに、それぞれ違うっていうのは、なかなか個人のお花の教室では

出来ることじゃないと思うのね。

もしやるとしても、かかるコストがかなり割高になるだろう、と思うのね。

あと、すでに花材が決まっているから、それを使って生徒はアレンジするだけで

四苦八苦しているけれど、まず、何もない所からお花を選ぶってこと、なかなか出来ないような気がする。

クラスこそ、上級になったけど、まだ何にもわかっちゃいないなぁ~と思う↓

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ニットもソーイングもまぁ、始めたばっかしだし、

作っても、半分は成功、半分はどこか失敗してます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ヒンデは10年以上やってるけど(途中、お休み期間もある)

fuku075.jpg

要は、決まったモチーフがあってその中でどう、コーディネイトするか、

デザイン力が問われるわけだけど、それだけのことなのに、

この構成というのが、イヤに難しいんですね~。

この間、ちっさい掛け時計作ったんですけど、

それだけに、エライ時間かかってしまった…。

fuku079.jpg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今、ハーダンガー刺繍をやっています。

この間、やっとこさ、四苦八苦してハサミいれて出来上がった作品がこちら。

fuku006.jpg

ハーダンガーは目の粗いキャンパス地に挿すので、

そのまま刺繍のまわりをジャキジャキとハサミで断つとすごく仕上がり汚いんです。

だから、まず裏地の方向から、一つの模様に付き二目ずつぱちんぱちんと、他の糸を切らないように

注意しながら切って、全部切ったら、表返しにして、残りの二目をやっぱりぱちんぱちんと切るんです。

あ~、死ぬほど手間がかかります。

今度のレッスンは外側に向かってスカシ模様をかがっていくものですので、

それこそ、一番アタマが冴えているときに、糸の抜き作業をしました。

fuku007.jpg

なんか冷や汗が出てくるんですよね。

それと同時に、練習で「七宝かがり」っていうのをやっています。

これがやっている途中の作品。

fuku005.jpg

これは、ただの練習だし、何にも活用できないなぁ~と思ったけど、

一個仕上げるのに、10分以上はかかるので、できあがったら、白のシルク地でクッションにでも

仕立てようかなぁ~と考えています。

なんせ、とんでもない労力がかかっているし(決して上手いとは言えないけど)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ハンドメイドってやっかいなもんで、

昔は、ほんとうにもう、服一つ作るのにも、糸から紡いで、織って、

ってところからはじめなきゃならなかったから、すごい労力と暇がかかっていました。

それこそ、こんな風な刺繍なら、庶民の結婚式の晴れ着ぐらいだったら、あしらえたかもしれないけれど、

ブーシェの描くようなポンパドゥール夫人のお召しになるドレスのふんだんにのぞいている

ぜいたくなレースなんて、あんなの、ン年もかかって熟練のレース職人が朝から晩まで

それに専心してつくったもんなんですよ。

賃金なんてあってなきがごとしですよ。まさにプライスレス。

バルザックの小説の中に、貴婦人のお召しになるドレスはざっと6000万円ぐらいだ、って

書いてあって、読んでいると「え?そんなに?」と思うけれど、凝ったリヨン産の

薔薇の模様が入った絹地のドレスで、レースがふんだんにつかってあったりしたら、

たぶん、そんなもんかなと思います。

tumblr_lz4wehgddf1r36fbio1_500.jpg
 
 
 

それだけに、19世紀に産業革命が起こって、たとえキカイが作った模造品のレースだったとしても

新品のお洋服をお店で、そこそこの値段で買えるっていうのは、すんごい画期的なこと、というか

夢のようなお話だったんですよね~。

でも、今は時間がかって、しかもデザイン力も低い手作り品なんて、 だれも見向きもしません。

いかに「キモチがこもっていようと」ダサイものはダサイんです。

だから、ハンドメイドは市販のではできないような付加価値、例えばコストを度外視した、

凝ったものじゃなかったら、作る意義がないのです。(持論)

とはいえ、それは紛れもない事実なんだけど…

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

綺麗にできたらいいんだけど、

なかなかそうおいそれとはうまくならない。

ジレンマに悩む今日この頃なのでした。

ま、でもこの間、有名タレントが着ていたブランドもののセーター、

ホント何気ないのに、26万ぐらいだったから、修行したらあれぐらいのものが

材料費2万ぐらいでつくれるかもしれない。笑

 


溺れた者だけがそこから抜け出すことが出来る [ワタシのキモチ]

もう、九月ですねぇ~

思いっきりブログもさぼりっぱなしですねぇ~

じゃ、この間、ナンもしなかったのか、といえば

それなりにやってはいるものの、

なんか文章にして、細々書くのが、メンドクサイと。

今、そういう心境です。

いえ、細々、細々書きたいときもあるのですが、

気分の波が激しすぎるのが困りものです。自分でも制御できなくて~~

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 

 

タイトルのコトバは昔、ユング派の心理学者、河合隼雄さんの

著作のなかで言及しておられたもの。

しっかり引用したわけじゃなくて、うろ覚えなので、たぶん、間違っているとは思うんだけど。

ま、意味としては、「ある状態にどっぷり浸かって、『これでもう十分に満足だ』と心が思ったとき、

人間は、ある執着から逃れることができる」と、そういう意味でつかわれていたと思うのです。

 

人間、なにかの拍子によくはわからないけど、非常に憧れて、

その憧れが何十年にもわたって続くときがあります。

まぁ、それは憧れだったらいい響きだけど、ひとつ裏を返せば、コンプレックス、劣等感だったり、

よく自分でもわからないアブノーマルな行動だったりするんですね。

 

ま、そういはいっても、「酒」とか「女」とか「男」とか「ばくち」にハマる方は

そこから溺れて抜け出せない方も多々いらっしゃるので、河合先生の言もすべての面で

当てはまるわけじゃない、とは思うのですが…汗、汗、

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

卑近な例ですが、

わたくし、今、フラワーアレンジメント習っておりまして、

一時期、紫系統のお花ばっかり、活けていたことがあります。

もう、それしか色がないんか、というくらい。笑

 

なにか理由は自分でもさだかじゃないですけど、そういう状態がずっと続いていたわけ。

しかし、あるとき、もういいや、一生分、紫の花は活けました、って

心がそういうふうに感じたんですね。

で、次はどうしたか、というと、今まで「ヘンな色~」と思って

絶対に手を出さなかった、黄色系統の色に目が移っちゃうんですよ。

紫の補色が黄色だったから?というわけでもなさそうですが。

要するに、その次の段階では、色に全く執着しなくなっちゃったんです。

どの色も、好きじゃない、というわけではなく、

どの色も美しい、と感じる「新たな自分」が出現したわけ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人間の心って不思議だなぁ~とつくづく思うのでアリマシタ。 

とはいえ、反対に「渇望」するというのも、芸術面において、

その人に大変なパワーを与えるという面もありますので、

餓えている、という状態も、一概に悪い、とはいえませんけどね。

 

しかし、凡人にとって「渇望」というのは、あんまり精神的健康にはよくないかもしれないです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ああ、とりとめのない文章でごめんなさい~~~汗、汗、汗、

 


前の10件 | - ワタシのキモチ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。