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メアリー・カサット展へ行ってきました! [芸術]

久々に美術展へ行ってまいりました。

このメアリー・カサット展は京都近代美術館で開催されていたんですが、

反対側の京都市美術館にふと目をやると、

長蛇の列が!

むむむ?思ったら『伊藤若冲展』でした。

わたしねぇ、とにかく並ぶのがキライなんですよね。

伊東若冲そんなに魅力的かな~。ま、いいけど。

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裏のほうでサージェントのお話を掲載させてもらっていますが、

そのころ、ほとんどこういった類の画集は皆無でした。

だから資料は全部洋書で買って、読んでました。

本当は、同時期のホイッスラーとこのメアリー・カサットの三人をセットにして

『パリのアメリカ人画家』でお話を書いたら面白かろうに、とはひらめきはしたんですが、

もう英語を読むのがどうにも苦痛というか、また洋書だから高いんですよね~。

それにしても、あの頃、ホイッスラーもサージェントももちろんこのカサットにしろ、

画集もなにもなかったことを思えば、ああ、時代が変わったのかなぁとも思います。

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さて、ですね。

カサットって一見、子供とおかあさんを描いていて

そこに別に難しさがないので、とてもとっつきやすい画家さんなのかな、と思うんですが

今にしてみると、めちゃくちゃドライポイントがうまい。

つまり、描線がきれいなんですよね~。

女の人は、色には強いけれど、形には弱い、ってのは昔からの通説でございまして

それは確かにその通りなんだろうとおもうけど、

この方は、その昔のアルテミシア・ジェンテレスキなみに上手いです、デッサン。

そして、デッサンが上手いばかりでなく、色彩もメリハリがあって

非常絵自体に迫力がありますですね。

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言われていることわからない、というムキもあるかとおもいますが、

例えば、同時代のフランスの女流画家のベルト・モリゾなんかと比べてみると

morizo.jpg(ベルト・モリゾの絵です)

その卓越した力強さがわかってもらえるように思います。

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このくらい上手ければ、男の人にもひけはとらないと思いますが、

彼女はエコールデボザールの入学を断られるんですよね、女だからという理由だけで。

本当にしんどい時代だと思います。

それでも、めげずに素晴らしい絵を次々と描いた彼女は

やっぱり優れた先達と言えるでしょうね。

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美しいだけに危うさも… 森麻季  アヴェ・マリア [芸術]

さて、久方ぶりにCDの感想でも書きましょう。

今回は森麻季、「AVE MARIA」です。

プロテスタントには、マリア崇拝っていうのがないからほとんどの人は知らないんだけど、

カトリックにはマリア崇拝っていうのがあるんです。

やっぱり、昔の人は直接神様や、イエス様に願い事をするのは、不謹慎で

畏れ多いことだと思っていたみたい。

今だって、直接オトーサンに「金くれよ!」なんて頼みにくいじゃない。

それより、オカーサンに「とーちゃんに金がいるって、かぁちゃんから頼んでみてくれよ!」

っていうじゃないですか。

ま~、それと似たような感じで、神様と人間の間に入るとりなしの存在として

大いに信仰を集めたのですよ。

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で、「おとめマリアの頌(これはわが日本聖公会の名称。カトリックは「天使祝詞」というらしいよ)」

というのがあって、

これは、天使ガブリエルがマリアに

イエスをみごもるときに言った言葉なんだけどね、

今もカトリックの人はこれを唱えるワケなのだ。

 

「めでたし 聖寵(せいちょう)充ち満てる(みちみてる)マリア、

主(しゅ)御身(おんみ)とともにまします。

御身は女のうちにて祝せられ、

御胎内(ごたいない)の御子(おんこ)イエズスも祝せられたもう。

天主の御母(おんはは)聖マリア、

罪人(つみびと)なるわれらのために、

今も臨終のときも祈りたまえ。アーメン。」

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話はだいぶ横にそれた…

これを歌にしたのが、アヴェ・マリアなのね。

アヴェ・マリア

アヴェ・マリア

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: avex CLASSICS
  • 発売日: 2011/01/26
  • メディア: CD


 

森麻季さん、いいですねぇ~。

才色兼備です。容貌も美しくて、声も美しい。

この方、思春期の頃、ニッカウィスキーのCMで

「オンブラマイフ」を歌うキャスリーン・バトルの歌声に感動して

ソプラノ歌手を目指されたそうです。

キャスリーン・バトルは毀誉褒貶が多い方らしく、

「キレイな声だけど、声量がない」と言われ続けていたそうですが。

わたくしも、ニッカウィスキーの声にやられたクチなので、

なんだかそういう森さんのデビューのきっかけをうかがうと嬉しくなります。

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たしかに、ソプラノというのは難しい声の領域なのだと思うのですね。

高い声は訓練次第で誰でもある程度は出るものかな?とは思うのですが、

ともすると、声を出すことに専念するあまり、「ヒステリック」に聞こえるもんなんですよ。

私も、ある程度の年齢を重ねるまで「オペラなんてヒステリックなものだ」と偏見を重ねていましたが、

それは、ただ単にヘタクソな歌手の歌声しか聴いていなかったからなのですね。

上手い方はどんな高音でもヒアノで歌えるし、声に幅は出てるし、やわらかく響くものなのです。

ま、こういうソプラノ歌手が越せない問題を全てクリアしているひとりに

やはり、森さんは入ると思いますね。

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このアルバムは、古今東西の「アヴェ・マリア」ばかりを取り上げたものなのです。

こういうのは、だいぶ前から一定の潮流みたいなものがあるらしく、

カウンターテナーのスラヴァが歌っている「アヴェ・マリア」もすでに購入済みなのですが、

ave maria

ave maria

  • アーティスト: グノー
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 1995/11/22
  • メディア: CD


そうですねぇ~、まぁ、好き好きの問題だとは思いますが、

スラヴァはさすがに外国人だけあって、声量もあるんですが、

ちょっとドスが効きすぎているっていうか、軽みがないかな~。

それでも「カッシーニのアヴェ・マリア」なんて珍しい曲を普及させた

功労なんか計り知れないものがあるんですよね。

(大河ドラマの「平清盛」で使われていた 笑)

まぁ、だいたいこのスラヴァのラインナップにほぼ同じですので、オリジナリティーはないですが、

聴き比べてみても面白いかなとは思うのね。

 

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まぁ、それでも日本の作曲家の服部隆之のアヴェ・マリアも入っているし、

アヴェマリアじゃないけど、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も入っているし。

結構、良心的かな~と。

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今回ですね、すご~~く感動したのが、

あの、秋山兄弟が非常に凛々しく美しかった司馬遼太郎の小説をドラマ化した

『坂の上の雲』のタイトルに使われていた『スタンド・アローン』です。

作曲はジブリでおなじみの久石譲。

自衛隊のアイドルの三宅ゆかりちゃんが歌っている分には

かわいいな~、上手ね~

で、ハイおわりなんですけどね。

マキさんが歌うと、非常に美しくて心に何かこう、凛としたものが

染み透って行くんですよ。

歌詞がまた、いいんです。

コレ、司馬さんの小説から採ったのかしらん?(作詞も久石さんだった…)

「凛として旅立つ、一朶(いちだ)の雲を目指し」

なんかね~、白い制服をピッと来た秋山好古が、

二百三高地に向かって馬上から最敬礼している図が脳裏によぎっちゃって。

なんかしらん、妙に感動しちゃうんだな~。

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でもね、一方でこういうのは非常~~~に危険。

昔、戦争中大本営が『海ゆかば』の曲をラジオで流ながら、

戦没者の名前を発表してたっていうじゃないですか。

上手いんですよ、軍部っでこういう演出が。

本当は、戦争は悲惨のひと言にしかすぎないというのにね。

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マキさんは別に戦争礼賛しているわけでもなんでもないだろうけど、

こういう類まれな才能が、悪用されるとコワイな~とちょっと思ったんでありました。


文楽へ行ってきました~♡ [芸術]

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 受付で観客の皆さんをお出迎えしてくれたお人形。
これは、マチネの演目の「お半」ではなく、ソワレの演目「二人禿」のお人形さん。
赤い衣装が美しい。

昨日のことになりますが、文楽へ行ってきました。

大阪が生んだ芸能である「文楽」は去年、市長である橋本さんが

補助金を大幅にカットするということで物議を醸しだしましたが、

わたくし自身の意見としては、それは間違っている、と思います。

とにかく、芸の世界は音楽にせよ、絵画にせよ、この文楽のような

舞台芸術にせよ、一人前になるにはとてつもない「時間」と「お金」が必要なのです。

何かこういう「芸術」に対して、日本は依然として「贅沢なもの」という偏見があるように思います。

う~ん、そういう人には三島由紀夫の『女神』でも読ませたい。

「こんな時だからこそ、花が必要なんじゃないの」

そうなんですよ、世の中不景気だからこそ、

こういう香り高い芸術でもって心に滋養を与えねばならない、と思いますね。

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さて、文楽の魅力ってなんでしょう?

まず、一つは、伝統芸能でありながら、結構「わかりやすい」ということがあるんじゃないかな

と思いますね。

江戸時代のものだから、結構いいまわしが古くて理解できないような気もするし、

実際、床本なんかを読むと「ムム、難しい」と思うんですが、

実際、大夫が語るのを生で聞くと、リアルに登場人物の感情みたいなものが

伝わってくるんですね~。

これは、たぶん、CDとかDVDとか見ていても、再現できないんじゃないかな。

その場の臨場感という力のなせる業のような気もするんですね。

かてて加えて、人形の細工の見事なこと。

文楽の人形はボディがないそうです。

あるのは、顔と手と足(女は基本的にない、らしい)で、

あとは、何か綿みたいなものに、着物を着つけているだけなんだそうです。

また、その着物が贅沢で凝ったつくりで美しいんですね。

結髪も美しいし、娘の髪飾りも本当に華やか。

わたくしは、歌舞伎も大好き!と言うわけでもないですが、

一年一回のお楽しみ、として顔見世には行ってます。

歌舞伎も、衣装の華やかさでは文楽以上なのかもしれませんが、

なんていうのかな、人形というのは、生きている人間ではない分だけ、

個性が削ぎ落されて、よりいっそう、その役どころを「純化」させているような気がするんです。

それには、やはり三人で使う人形使いの熟練の技が必要なんですけどね。

とにかく、人形そのもの、人形遣い、そして、語り、三味線、

これらすべてが、文楽の魅力を作り上げているんですね!

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今回みたのは、「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」です。

これは、実際、京都の桂川で男女の心中事件がモデルになっているそうです。

それも、心中したのが分別盛りの四十男と、女のほうはまだ十代の小娘。

現代でも、ちょっとドキッとするような取り合わせでしょ?

簡単に筋だけいうと、

京の街、「帯屋」の亭主、長衛門は伊勢参りの帰り、

これまた、近所の「信濃屋」の一人娘のお半と同じ宿屋で泊まることになった。

だが、お半は夜中に丁稚の長吉に(これは一見阿呆を装っているけど、なかなか悪知恵の働くしたたか者)

夜這いされそうになり、とっさに隣の部屋に駆け込んで、匿ってもらおうとしたんですね。

お半にとって長衛門は、いわゆる「近所の男前で優しいおっちゃん」でありまして、

実際年齢差が24もありますので、親子ほど違うわけ。

で、丁稚が迫って来るので長衛門は「中に入って隠れておけ」と

親切心から、お半を自分の蒲団の中に入れてしまったんです。

長衛門にとっては、まだ洟垂れの小便臭い小娘にすぎなかったお半だったのですが、

そこはそれ、男と女。こういうのって、その場の勢いっていうか、

ふとお互い魔が差した状態になることがあるんですね。

で、この二人もそうなってしまう。

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長衛門もお半も、別にそれまでお互い恋心を抱いていたわけでなく、

成り行きでそんな逢瀬をもってしまったんですが、

それはそれで終わったこと、にしてしまいたかった。

が、が、そうは問屋が降ろさなかったんです。

たとえ、一夜の逢瀬であっても、女が一四歳の小娘であっても、

妊娠するときは、妊娠するんです。

で、丁稚の長吉は実は二人がデキていたことに異様に嫉妬していまして、

そのことを世間に吹聴してまわったんで、コトは大きくなってしまうんです。

そして、他にも長衛門には、陰謀が巡らされておりまして、

どうしても、死んで世間にお詫びしなければならない状態に追い込まれるんです。

その決心を知った、お半は、大きくなったお腹を一人抱えてどうして生きて居られよう、

死ぬなら自分も、と長衛門より先に桂川へと駆けてゆくのでした。

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「わしが死ぬのは、陰謀に嵌められ、自害するしか道がないからそうするのだ。

 わしはな、お前のお父つぁんにもお母っさんにも義理と恩がある。

 それだのにお前と一緒に心中しちまっちゃ、たとえ死んでしまっても申し訳が立つまい?

 それに妻のお絹だって、お前ような年端もいかぬ女と心中してしまっては、

 死ぬまで心さいなまれるだろう。

 だから、お前は幸せになる道を探して生き抜いてくれ。

 そして、少しでもわしのことを憐れと思うなら、死んだあとの菩提でも

 弔ってやってくれ。お前はこんなにまだ若いのに、わしなんかと死ぬな。そんなお前が、哀れでならんのだ」

と頼むのです。

「おじさん、そんなこと本気でいっているのかい?

 あたしは、もう生娘でもない。それにお腹にはややもいるんだよ。もうみんな知っているんだ。

 今更、隠し立てもできやしない。

 こんな身で、この先どんな幸せが待っているんだい? 教えておくれよ。

 ふしだらな、性悪娘よと世間のもの笑いなることかい?

 それでも、お前さまが生きているんならまだ、我慢もできよう。

 だけど、お前さまは死んでしまう。

 そしたら、この世にはお前さまみたいにあたしを女として愛してくれる人はいなくなってしまう。

 え?あの下司の長吉と添い遂げるだって?やなこった。考えるだけでも怖気が走ってしまう。

 あんな男に肌を許すくらいなら死んだ方がましだよ。

 女にとって、好いたお方と一緒にならなきゃ、意味がないんだもの。

 それを教えてくれたのはほかならぬお前さまだわえ。

 お前さまひとり義理のために死ぬのは、それはある意味あっぱれなことではある。

 でもね、お前さまが、この世にあたしとややを置いて、一人だけであの世へ行ってしまうのは、 

 それはね、あたしのことを憐れんでいるんじゃなくて、あたしを憎んでいるんじゃないか。

 あのとき、助けを求めてきたあたしとのことを恨んでいるのかい?

 もし、あのときあたしが駆け込んでこなかったら、間違いは起こらなかったって。

 だからってさ、あたしひとり、この世の生き地獄に置いていくのはあんまりだ。

 ねぇ、少しでもあたしのことを愛しい、可哀想だと思ってくれるなら、ここでいっしょに死なせてください」

っていうんですねぇ~。

 そういわれてしまうと、さすがの長衛門も身を絆されてしまって反論できない。

それで、ふたりは袂に浮き上がらぬように、石をいっぱい詰め込んで、

桂川へと身投げするんです。

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ふう、長い説明で申し訳ありませんでした 汗

何だかよく考えれば、あまりに主人公の長衛門が無為無策すぎるというか、

善人すぎるというか、嵌められやすいというか、

どうしても、死んでしまわなきゃならないように話はできていて、

もうちょっとうまく立ち回れないのか、とふと思わなくもないけど、

やはりこの時代、「見苦しく生きながらえる」ってことは良いことではなかったんでしょうね。

美しく散る、というのが江戸時代の美意識だったんでしょう。

とにかく、結構強引な話の筋でも、語りがあまりに迫力があって、

理性ではなく感情で納得させられるのです。

で、必ず、「ああ~、カワイソ~」と大泣きするんです。

二時間半と結構長いのに、「え?もう、おしまい?」って思ってしまう。

京都には、文楽年に一度しか来ませんけど、いつも楽しんでいます。

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たまにはシブく古楽など・・・     [芸術]

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今日はすんごく久しぶりに京都コンサートホールへ行ってまいりましたのことよ。

京都コンサートホールは今からおよそ20年ほど前に

京都の北山に建てられた、クラシック音楽専用のコンサートホールです。

まだ、バブルの恩恵に浴していた頃に建てられていますので、

ゴージャスです。大理石ふんだんに使われています。

建てられた当時は、そのあまりにモダンな雰囲気が冷たい感じがして

そんなにイイとは思わなかったんですが、

トシとってくるとようやくこういうモダンな建築物の良さみたいなのが

分かってくるようになったみたいです。

ハコそのものはいいんですが、最近は京都市の予算があんまりないらしくて

いい演目が来ないんですよぉ~。

以前はキーシンとかアルゲリッチとかフランスのフィルハーモニーとかばんばん来てたのにな。

ちょっとさびしい・・・・。

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とはいえ、そんなに知名度が高くなくても、いい音楽っていうのはあんがいひっそりと行われ、

案外根強いファンっていうものがいるもんなんですよね。

今日はその一端ですね。

題しまして「バロック宮廷の華/ダンスと音楽の饗宴」っていうのを見に行ったっていうか

聴きに行ったっていうか。

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というのは、音楽もあったけど、+バロック・ダンスっていうのも、やっていたのです。

今はそんなに古楽って流行っていないのかもしれないですけど、

一時期、今から20年ほどまえか・・・古楽が流行っていたときがあるんです。

で、そのときに結構そういうバロックがらみの音楽やら映画やら、よく作られていまして

思い出すだけでもちらほらと。

まず、「めぐり逢う朝」

めぐり逢う朝 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • メディア: DVD



「王は踊る」

映画《王は踊る》サウンドトラック

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  • アーティスト: フロリアン・ハイリク,ラインハルト・ゲーベル,ムジカ・アンティクワ・ケルン,フロリアン・ドイター
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2001/06/21
  • メディア: CD


王は踊る [DVD]

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  • 出版社/メーカー: アミューズ・ビデオ
  • メディア: DVD



「宮廷料理人ヴァテール」などなど。

宮廷料理人ヴァテール [DVD]

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  • 出版社/メーカー: アミューズ・ビデオ
  • メディア: DVD


まだまだあったような気がするけど、ま、それはおいといて。

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まずですね、バロック・ダンスっていうのは、まぁ、ルイ14世の頃に確立しまして

今のバレエのもとですね。

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まぁ、バレエほど激しいアクロバティックな動きはないのです。

踊っているのはあくまでも宮廷人であって、プロのダンサーではないのですから。

といっても、かなり難しく、踊るにはかなりの訓練が必要だったでしょう。

そういえば、「チューダーズ」のドラマの中では、

タムジン・マーチャント扮するキャサリン・ハワードが侍女を従えて

ダンスの練習をしまくるシーンがありましたが、あれこそまさにバロックダンス。

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音楽のほうは、先ほどいいました「めぐりあう朝」の中に使われていた

マラン・マレの「スペインのフォリア」が美しかったです。

ヴィオラ・デ・ガンバは今のチェロよりかなり小型のもしかしたら、

今のヴィオラのほうが近いのかもしれませんが

実に深くて格調のある低音がでる楽器なのですね。

いままで、さんざCDとか映画とかのメディアでは聞いたことがありましたが、

生のヴィオラ・デ・ガンバの演奏は初めて。すごく美しくて感動しました。

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あと、青柳いづみこさんのピアノで知っていた、

ジャン・フィリップ・ラモーの作品。

「ロンドによるミュゼット、タンブーラン」

青柳さんはピアニストなので、この曲をピアノで演奏していましたが、

今回はクラブサン(ハープシコード)でしたので、おんなじ曲を演奏していたとしても

それはそれでまたかなり違った印象でした。

クラブサンの音色ってどことなく、緻密に編まれたレースのような感触があります。

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ダンサーはバロックダンスの研究家でまたダンサーでもある方が踊っておられました。

よく当時のスタイルを研究して復元してあると思いますが、

いかんせん、そうとうお年だったような気が・・・。

自ら踊りたい!という気持ちわかりますが、

最近は八頭身のダンサーはいくらでもいますので、

クラシック・バレエをやっている子だったら、踊れると思います。

んんん~、こういうとまた毒舌になっちゃうんだけど、

こういう世界はまた独特の、いってみればオタクの香りがするんですよ。

ともすると、偏った方向へ行きがちです。

「わかる人だけにわかってもらえばいい」

というまさしく独立不羈の精神があるんでしょうけど、

そうやっていると、ますます一般ピープルの目から離れて、触れることはなく、

大勢の目にさらされることによって、芸そのものが磨かれる機会が減るわけです。

ちょっとそこが残念だったかな~f(^^;

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途中で古楽奏者の方のお話もあり、

ヴァイオリンというのは16世紀ぐらいに入って

やっと正式な楽器だと宮廷から認められたのだそうです。

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というのは、演奏するとき、楽器をアゴに挟む恰好が「屈辱的」であり

かつ、演奏するスタイルがアシメトリーであって、シンメトリーではなく

この時代、「秩序」とか「調和」を重んじていたので、そういった不安定な演奏スタイルは

好まれなかったそうです。

おっしゃるところによると、正式にヴァイオリンが認められるまでは

異教の「ユダヤ人の楽器」だとして、辻でヴァイオリンなどを弾いていたりすると

刺殺されても文句いえなかったそうです・・・。

へぇ~。西洋音楽っていったら、まずヴァイオリン

と今日の我々は思いがちですが

意外とそういう秘められた歴史があるんですね。

とても勉強になりましたワ。


マウリツイォ・ポリーニ  ショパン全集 [芸術]

ショパンが好きだといっても、全部聞いたことがないな~と思い、

この際だから、全部網羅しているヤツを買って聴いてみようと思い

先日購入しました。

マウリツィオ・ポリーニ。

Chopin

Chopin

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 2011/12/20
  • メディア: CD


9枚はいっているんですけどね。

今までショパンを弾いているアーティストは

サンソン・フランソワ、クラウディオ・アラウ、中道郁代、フジコ・ヘミング、ランランなどなど。

わたくしいいも悪いも、一つ聞いたらずっと聴きこむ癖があって、

最初に聞いた人のスタイルがアタマに刷り込まれてしまうようなんです。

だから、ほかの人のを聞くと、妙な違和感が・・・。

ポリーニもその手の大御所なので、いいも悪いもないです。

テクニックは万全です。

でも~、ある意味、とても端正な弾き方をされるんで、無難なような。

わたくし、考えてみれば、異様に集中してのめり込みように弾くちょっと昔のスタイルが好きなのかも。

かの有名な「葬送行進曲」ってピアノ・ソナタの第二楽章だったのですね。

別にお葬式用にかかれたわけではないみたいです。

でも、隣に寝たきりのおばぁさんが住んでいらっしゃるので、

なんとなくフツーに聞くのがはばかられますね・・・・ポソ


クロイツェル・ソナタ  [芸術]

じっとしていると、なおさら手首がジンジンしてくるような気がしてくるTT

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今日、トルストイの「クロイツェル・ソナタ」と「悪魔」を読了した。

ま、話の内容はほか機会にゆずるが、

この曲のプレストの「官能性」が、不倫の男女の仲に拍車をかけるというくだりがある。

へぇ~、と思いつつ、このCDを取り出してきた。

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前橋汀子とクリストフ・エッシェンバッハのデュオです。

アマゾンではもう取り扱っていませんでした・・・(TT)

わたくし、曲名と名前がいっつも混同して、メロディは知っていても、タイトルは知らない、

タイトルは知っていても、曲名と結びつかないことばっかりなんですよ↓

読書中も、「ああ、あの曲だな」と思っていたのが実はクロイツェルではなく、

スプリングのほうだった!

夫の忠告で正気にもどったかに見えた妻は

クロイツェル・ソナタの官能の魔術にかかって、一緒にデュオを奏でたヴァイオリン弾きと

越えてはいけない男女の一線を、その晩超えてしまった・・・・。

うう~ん、そう思ってきけば、そんな気もするけど・・・。

わたくし、ベートーベンに官能を感じたことはなかった・・・。

だけど、タイトルを「クロイツェル・ソナタ」と名付けたトルストイのセンスってすごいわ。

全く、芸術家の創造力ってものは、われわれの思念の範疇を超えているデス。


英国ロイヤル・バレエ 「不思議の国のアリス」 [芸術]

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6月4日のNHKのBSプレミアムの枠で放送された

英国ロイヤルバレエの「不思議の国のアリス」を

録画しておいて今日みました。

英国ロイヤルバレエは、演劇の本場らしく

バレエといっても「お話の面白さ」というところを重視している

バレエ団です。

だから、というわけで、演出や美術、衣装もほかのバレエ団より

凝っているものが多いです。

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 ウサギの役の人。

これなんかパーフェクトな肉体をもっていて、

万全の自分に対する自信がなければけっしてできないいでたちですよ。

勇気のある人だと思います 笑

今回のアリスも見ていて非常にスタイリッシュだし、面白かった。

バレエの伝統ということだけに固執してないで、

アリスが不思議の国に落ちていくところなどは、フィルムを使ったり

ハイテクを駆使しているのは、なかなかいいな、とか思ったり。

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劇中のアリスは子供じゃなくて、お年頃の女の子の設定。

ジャック(実はハートのジャック)という恋人がいたりして。

踊りも実はみなさま超絶技巧を駆使しているのですが、

さらり~とやってのけているので、簡単そうに見えます。

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マッド・ハッターはジョニデにそっくりで笑えたし、

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タップダンスがめちゃくちゃうまい。

プロのダンサーってなんでもできちゃうんですね。

キャタピラーはインドのマハラジャ風というか、「海賊」にでてくるアリ風というのかな?

しなやかな(キャタピラー風のくねくねした)踊りが印象的でした。

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でも、圧巻はハートの女王ですかね?

大笑いしたのは「眠れる森の美女」の中の名場面中の名場面「ローズ・アダージオ」

のパロディ。めっちゃくちゃおかしかった。

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ローズ・アダージオっていうのは16歳の誕生日を迎えたオーロラが他国の婿候補の

四人の青年に求愛される、という場面を踊っているのです。

ただ見ていると、音楽は優雅なものの「なんかつまんな~い」って感じですが

実は、爪先立ってアチチュードをしながら、男性の支えなしに自力でそのポーズをキープするのは

至難の業らしいのですね。

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ローズアダージオの一場面。

爪先立って、足を巻き込みながらポーズをつけるのが「アティテュード」というポーズ。

「アラベスク」よりも難易度が高いんじゃないかな?

この場合、オーロラは両手を凍頂にあげてポーズ、静止、それを四回。

熟練したダンサーでも緊張する瞬間です・・・。

草刈民代さんのも吉田都さんのももっていますが、ふたりともその瞬間は笑っていません・・・・。

が、今回は首を切られることを恐れるヘナヘナトランプどもが女王さまの相手です。

トランプたちは女王さまが怖いので、スキがあらば逃げていきますので、

女王様は自力でポーズをキープするしかない!

もう、ブラック・スワンもそこのけのすごい演技でした。

バレエって堅苦しいものでもなくて、本当は楽しいものなんですよね。

日本でこれだけお金のかかった演出をしたバレエは見られないでしょう、今のところテレビでしか。

いつかやっぱり本場で見たいものです・・・・。

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掘り出し物! ~サンソン・フランソワ 三枚組~ [芸術]

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先日、映画を見に行った帰り、レコード屋さんに寄りました。

なにげな~~く、いいものないかなぁ~と店内を物色です。

わたくし、ピアノが好きなので、自然とピアノコーナーへ行ってしまいますね^^

そこで、発見してしまいました!この輸入盤CDを!

このヴァンサン・ペレーズばりの目力の強いおにいさんはダレ?

おおお!これは若かりしときのサンソン・フランソワらしい・・・・。

えええ~。です。びっくりです。

サンソン・フランソワって若いとき、こんなにハンサムだったんですか・・・・。

西洋人って、若いときすごくキレイなのに容貌が衰えるのって早いんですね・・・・。

そこへいくと、日本人はおだやかに年をとっていけてある意味シアワセかも^^;

ところで気になるメニューですが、なんとCD三枚組で1800円の安さですよ!

①はショパン、②はドビュッシー、③はラヴェルです。

一枚600円です、アハハ。

わたくし、考えてみるとフランスの音楽ばっかり好きで、

シューベルトとかブラームスってほとんど聞きません・・・・。

(でも、反対にフランスの人はフランス人の作曲家の曲はほとんど聞かないで、

ドイツ音楽をより好まれるそうですヨ)

ショパンやドビュッシーはほかの版でサンソン・フランソワのをもっていたんですが、

今回購入したのは、ラヴェルの「夜のガスパール」が挿入されていたからです。

評判の高い、アシュケナージ版とは相当違うアプローチです。

アシュケナージはとても洗練されていて心地よい響きです。

それを聞きなれていると、このサンソンのはそうとう変わって聞こえます。

でも、この間読んだ青柳いずみ子さんの解説によると

ラヴェルの曲というのは徹頭徹尾「人工的」であり「悪魔的な不協和音」をものともしない

作りというのがウリとあったので、

それと照らし合わせれば、サンソン・フランソワのが、より作曲家の意思に忠実なのかもしれないなぁ~

と思ったりしました。


ギターの詩人、パラグアイが生んだ偉大な魂  ~バリオス作品集~ [芸術]

昨日はギターによるスタンダードな作品の演奏でしたが、

今日はちょっと毛色を変えてみませう。

バリオス作品集

バリオス作品集

  • アーティスト: ウィリアムス(ジョン),バリオス
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1995/04/01
  • メディア: CD

日本じゃほとんど知られていませんが、パラグアイが生んだ、偉大なギター奏者、兼作曲家ということでしょうか。

このCDを演奏しているギタリストのジョン・ウィリアムズ(スター・ウォーズの作曲家とは別人)は

バリオスに対してこのような賛辞を述べております。

「アグスティン・バリオスはギターのショパンだ・・・」

「彼ほどギターという楽器と一体化し、しかも多彩な音楽を生み出しえた作曲家はほかにいない。

ヴィラ=ロバスのギター曲もたしかに独創的だし優れているが、

ギターの性能を多面的に生かし切っているという点ではバリオスが勝る。

バリオスは彼の時代の最良のギタリスト=作曲家だ。

否、ひょっとしたらあらゆる時代を通して最良の存在と位置づけされているかもしれない」

続けて

「そして、バリオスの楽曲のうち高度なものには、私たち専門にギターを弾くものをも、

またその聴き手たちをも心から満足させてくれる本当のヴィルテュオジテ(名人芸の発露)がある」

いや~、スゴイ!

手放しの賞賛ですね。

でも、それもこのアルバムを聞いてみれば、さもさも、げにげに、とうなづいちゃいます。

わたくしはギタリストじゃないし、ギター弾いたこともないから詳しいことはわかりませんが、

一聴すると、そんなに難しい曲には思えません。

ですが、これ見よがしのパぁ~っとした派手なところはないけれど、

でも、一度耳にしたら、その美しくて、哀愁があるメロディーは忘れられるものではないのです。

バリオスは20世紀も近い、19世紀の終わりに南米であるパラグアイで生まれています。

彼自身は全くの白人ではなく、現地のインディオの血も混じっていたそうです。

そしてそのことを誇りに思い、その血脈が守ってきたインスピレーションというものを

とても大事にしていたという神秘的なエピソードがあります。

ラテン音楽は美しいけれど、どこか物悲しい。

特にバリオスの場合のそれは、悲哀というものではなくて、たとえば、美しい子供時代を思い出させる

ちょっと感傷的な甘い響きのニュアンスがあり、決して卑屈なものではないのです。

太陽が高く登った昼下がり、真っ白な教会の壁に落ちる、自分自身の濃い影。

広場の前の小さな泉からこぼれる冷たい水。

石畳からゆらゆらと立ち上る蜃気楼。

そして、無数の光を放ちながら流れていく川・・・・。

緑の木陰。赤紫の花、オレンジ色のスイカズラ。

若かった時分の美しい母の笑顔。

そしてチョコレート色の肌にオレンジのシャツを着て

暑さをものともせず、駆け回る少年たち。

・・・・大人になることを憧れをもってみていた少年のころの自分自身。

そんなものへの愛惜の情が音楽を通して見えてくるような気がするのです。

芸術はただ、きらきらひらひらと美しいだけでは芸術になりえない。

そこに魂がなければ。


大胆で奔放、繊細にして華麗。マルタ・アルゲリッチ ~ラフマニノフピアノ協奏曲第三番~ [芸術]

先日はランランのラフマニノフ、第二番を紹介しましたので、じゃあ、今日は三番ね。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

  • アーティスト: アルゲリッチ(マルタ),ラフマニノフ,チャイコフスキー,シャイー(リッカルド),キリル・コンドラシン,ベルリン放送交響楽団,バイエルン放送交響楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2005/06/22
  • メディア: CD
録音は1982年。アルゲリッチ41歳のもっとも円熟した時期のもの。
たしかにアマゾンで批評されたようにランランの演奏が「多少ケレン味」があるとすれば、
アルゲリッチの演奏は、端正なものです。
しかも、大胆で奔放、繊細にして華麗。まったくいうことなしのパーフェクトなスーパーテクを
駆使しておられますね。
それでもって、なんていうのか激情にまかせてという印象はまったくなくけっこうクールな演奏なのですね。
この第三番というのはラフマニノフがアメリカに渡ったときに作られたもので、
しかも自身が病魔におかされていて、余命いくばくもない、ということを悟りながら書いたものらしいです。
ですから、とりわけロシア色というか故郷への望郷の念が強いものとされているそうです。
解説によれば、テーマの主題がロシア正教の聖歌からとられているそう(本人は否定)です。
そういわれて聞くと、たしかにビザンツっぽいというか、東欧っぽい響きがそこにあるような気がします。
とはいえ、わたくし、まったくの個人的主観で申し訳ないですけど、
第二番ほどの傑作じゃないような気がします。
何となく印象が薄いんです。なんとなく漫然として散逸しているというかねぇ・・・・。
盛り上がりに欠けるというか・・・・。
よく聞けば、美しいメロディーもあるんですが・・・・。
さらに言えば、玄人受けする、という作品なんでしょうかね。
でも、こういうのは、ホントそのときの心理状態でどうとでも印象が変わるものなので、
あるとき、すごく心に染み入って泣いてしまうということもままあるのです。



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