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クラーナハ! [ちょっとした考察]

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この間、ちらりと日曜の朝、NHKの『日曜美術館』を見ていたのだが、この回はクラーナハだった。

う~ん、いつから「クラーナハ」と表記しだすようになったのだろう?

わたしが教えられたのは「ルーカス・クラナッハ」だったのに…。

今は「ルカス・クラ-ナハ」なんだそうだ。

ま、ドイツは全く解りませんので、「そうなんですよ」と言われたら「そうなんですか」って返すしかないんですけどね。

それでクラーナハといえば…わたしは『エロイカより愛をこめて』のエーベルバッハ少佐をすぐに連想してしまう。

この少佐渾名を「鉄のクラウス」とおっしゃいまして、軍人ですが、なんていうのかな、芸術音痴な方なのです。

で、美術品マニアの怪盗であるエロイカことグローリア伯爵は目利きなので

すぐに「これは〇〇時代の〇〇だ!」ってウンチクを垂れ流して喜ぶのですが、

少佐はうんざり。

ルーベンスあたりの絵になると「三段腹のおばはんが白目をむいている絵だ。不健康な絵だな。ダイエットをしたほうがいい」というのに対して、必ずこのクラーナハの絵が出て来るんですね。

少佐いわく「発育不全の小娘の絵なんか見てなにが楽しい…」なんですよ~。

でもそれはとりあえず、プロポーションからみるとその評は本当で、

上半身はいやに貧弱です。

で、わたし、なんか昔からこのクラーナハの絵は好きじゃないんです。

で、話は元に戻りますが、

日曜美術館の司会はNHKの女性アナウンサーの方と俳優でクリエイターの井浦新がやっておられますが、

途中でドイツ文学者で最近は「怖い絵」シリーズで有名な中野京子さんが出られたのです。

で、その前にもエライ画家の先生なんかがコメントしておられて、

「少しフェティッシュなものも感じられますねぇ~」と本音をオブラートに包むように仰っておられたのに対し、

京子先生は「変態ですよね!」と一刀両断!

たじろぐアナウンサーさんと井浦さん。

「え? ええ、 ヘンタイ、ヘンタイチックですよねぇ~。なんというかこのぉ~」

と必死になって中野さんをフォローしようとしていて、慌てふためているリアクションがなかなか面白かった…。

最近のNHKはスポンサーがいないせいかなかなか強気です。


革命のあだ花 テレジア・カバリュス  [ちょっとした考察]

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さてここのところ、ものすごい勢いで拙ブログの「テロワーニュ・ド・メリクール」のアクセス数が増えております。

みんなこんなふうなお話が好きなのかな~?

というわけで、今回ご紹介する方はこの方です!

じゃ~ん、彼女こそはタリアン夫人こと、テレジア・カバリュス、

テレーズ・カバリュスのほうが正しいのか、

ま、要するにスペイン語読みかフランス語読みかの違いですね。

彼女は非常に美しく、

「テレジァはサロンに昼と夜を作る。彼女自身には昼を、他のものには夜を」ということで、

つまりは彼女が非常な美女だったので、彼女ばかりが光かがやいてみえて、

他の女はかすんでしまったということですね。

ふうん…ですよね。

わたしがこの人を最初に知ったのは、藤本ひとみの小説です。

令嬢テレジアと華麗なる愛人たち

令嬢テレジアと華麗なる愛人たち

ふ、この表紙、サージェントですよ。あ、まぁそんなことはどうでもいいことですが…。

この小説面白いは面白いんですが、結構そのテレジア・カバリュスが

本当に歴史上に登場して活躍した時代とずれておりまして、

彼女がローティーンからハイティーンぐらいまでを描いたものなのですが、

ま、どういうのかな、けっこうすごい話なんですよね。 笑

彼女はスペインの銀行家の娘でして、

14歳のとき、フォントネー侯爵っていう人と結婚するんです。

それがちょうどフランス革命前夜と重なるんですね。

で、まぁ世間では貞女で品行方正なのが正しいと思っているのかもしれないけど、

しかしそういうのは一種の欺瞞であって、

自分が望むように恋をして、自分が望むように男とアバンチュールを楽しむのも

いっそのこと正直でいいではないの、という話なんですね。

しかし…つやっぽいお話が得意の藤本さんもどういうわけか

このときばかりはすごすぎて、話のストーリーなんかはどうでもいいかな、ってくらい

性的描写がすごい…!

後にやっぱりこれは漫画化されておりました。

でも、漫画に比べるとやっぱり小説のほうが何倍も上品かな。

不品行なことを書いているけど、品が下らないのはやはりさすがです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まぁ、小さい時からませた女の子で、しかも抜群に美しかったから、

初体験も早くて、12歳。(ほんとかどうかは不明)

で、14歳で結婚。

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革命が起こり、夫とともにボルドーへ逃れ、そこで夫とは離婚。

夫は亡命するも、テレジアはボルドーにとどまるのです。

テレジアにとって、貴族の矜持とかどうでもいいことですし、

(もともと彼女はブルジョワの出)

それに自由平等とかそんなのどうでもいい、毎日がたのしけりゃそれでいい。

初めはボルドーのジロンド派の革命委員の人と仲良くなって、

首を切られそうになった人に色仕掛けでもって、革命委員にかけあっていたのですが、

まぁそれもだいそれた気持ちからではなく、

単に親しくしていた人を見過ごせない、そんな気持ち。

でもそうやって革命家のタリアンといい仲になっていたのだけれど、

いつしかテレジアも反革命という科でとらえられてしまって、

ギロチンを待つ身になってしまったのでした。

でも、ここに歴史の偶然がはたらいたというべきなのか、

彼女が獄中でタリアンに、自分をここから救出してくれ、って手紙を書くことによって、

タリアンはいざという時の火事場のバカ力的なパワーで

恐怖政治でバカスカ首を切りまくっていたロベスピエールとサン・ジュストを、

追い落とすことに成功するんですね~。

タリアンはこの、恐怖政治を終わらせたという一点において、偉大であり、

歴史に名を刻むことが出来たのです。

で、まぁタリアンをそのようにクーデターに走らせることができたのも

要するにテレジアの美貌のお蔭ということで、

世間はテレジアのことを、「テルミドールの聖母」ともてはやしたのでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ハイ、結構長かったですが、ここまでは前振りです。

テレジアの偉大だったこと、それは首を切られちゃったマリー・アントワネットに代わって

その時代のファッション・リーダーになったことです。

彼女は結構スタイルがよく、そして時代は新古典主義な時代ですね。

で、ギリシャ風の、ギリシャ風だけど、スッケスケの生地でコルセットもなんにもしないで

すっぽんぽんの裸の上からそのスッケスケの悩殺ネグリジェのようなドレスを着たのです。

もう、裸であるいているよりタチが悪いよね、こういうの。

で、彼女は本当にギロチンにかかる一歩手前でしたので、

見苦しくないように自分で髪の毛を切っていたんです。

というのも、ギロチンにかける場合、髪の毛が邪魔になるので、たいてい

処刑人にザクザク髪の毛を切られちゃうんですね。

テレジアはおしゃれ番長でしたから、そういうのには耐えられない。

で、せめて髪の毛を短く切っても、見苦しくないようにと

自分で工夫して髪の毛を切ったそうです。えらいな。

こういうところが、西洋の美女の偉大なところだと思うのね。

ま、それはともかく、このヘアスタイルがまた妙に似合っていたそうです。

で、窮地から脱出してサロンに出現するようになっても、すぐ髪の毛がながくなるわけじゃないので

その髪の毛とすっぽんぽんドレス、そしてサンダルで出現したのですね。

すると世の中、その悩殺ドレスが流行りに流行って、

みんな伊達の薄着なもんだから、風邪ひいちゃって死者続出だったらしいよ。

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とまぁ、このように恐怖政治によって息をつけないような世の中から

一気に享楽的な世の中が出現し、その時代の雰囲気を正確にかぎ取って

その時代の寵児になったということが、テレジアの特筆すべきところかな。

はい、そしてもう一点。

彼女は「あげまん」ならぬ「さげまん」だったということ。

彼女は男を育てるということができない女だったのです。

タリアンにしろ、バラスにしろ、彼女とくっついたころは

世間のトップにいたんですね。

完成品ばかりを欲しがる女だったのです。

で、テレジアは、そういう傑物を見抜く伯楽であったなら、

絶対に将来、ナポレオンの妻として皇后の冠を頭上に掲げていたはずなのです。

しかし~、彼女は見る目がなかったのですね。

ナポレオンも美貌の彼女に一度は口説いたんです。

ですが、そのときはイタリアに侵攻していて強い将軍といっても、

そのときは無名の26歳の若造だったんです。

で、見栄えのしない小男なんか願い下げだわ、といって洟も引っ掛けないかった。

それが後々の禍根の原因です。

ナポレオンもプライドが高いので、絶対にこのテレジアの仕打ちを忘れませんで、

彼女が零落していても、決して助けようとはしなかったのです。

反対に、ですね。

ジョゼフィーヌ。彼女も内心、ナポレオンと結婚するときに、

え、こんな男? いやだなぁ~とは思ったんですが、

当時彼女はナポレオンより六つ年上の32歳。

それに二人の子持ちの未亡人。

他に選択がなかったのですね。

仕方なく結婚。

なんというのかな、テレジアは当時まだ21歳。

まだ青臭くて生意気だったんでしょう。

男だったら神でさえわたしの美貌でひざまずかせて見せる、と思っていたかも。

一方、ジョゼフィーヌはまぁ、「足るを知る」女だったのですよ。

わたしもこれぐらいで御の字だと思っていないと…。

この気持ちですね、これが二人の運命を決定的に明暗に分けたのです。

ですがね、彼女はなんていうの、男をいっちょまえに育てる能力っていうのがあったんです。

あとね、態度が非常に優しくて優雅だった。

テレジアも好きじゃない男を断るにせよ、

やはりね、男のプライドを傷つけないようにやんわりと優しくすべきだった。

ジョゼフィーヌもね、最初のころはナポレオンをさっさとイタリアへ追いやって、

若い恋人と浮気していたんだけど、まぁ、でもあからさまな態度には出さないようには

気を付けていたのかも(いや、ナポレオンがぞっこんだったからなのかも)

癇性なナポレオンにすげなく追い返された人も

皇后ならわかってくださる、とよくとりなしてもらおうとジョゼフィーヌのところへ

頼みに行ったものなのです。

結局、ナポレオンは自身の子供が望めない、という理由でジョゼフィーヌとは離縁しましたが、

そのかわり、彼女には何不自由ない生活を死ぬまで保証していました。

やはり、ナポレオンは優しくておおらかなジョゼフィーヌを愛していたということです。

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テレジアとジョゼフィーヌは獄中では仲良しでした。

その後も仲良くしていました。

しかし、昼と夜を作る、とほめたたえられたテレジアも

その栄光はナポレオンが世に出るまでのほんの短い間で

あとは内心バカにしていたジョゼフィーヌの世の中になってしまっていた、ということなのです。


革命期に実在した男装の麗人  テロワーニュ・ド・メリクール [ちょっとした考察]

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フランス革命の男装の麗人といえば、ぱっとオスカル!って連想すると思いますが、

彼女は架空の人物。

でも今日は、フランス革命期にほんとうに男装の麗人が実在していた、って話をしたいなと思います。

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革命以前の旧体制のフランスは、カトリックの教えが人々の生活の奥深くまで

沁みとおっているそういう世界でした。

まさに、子供が生まれたらカトリックの坊さんに洗礼を施してもらい、

12歳ごろになると、堅信礼(一種の大人になる儀式。日本でいうところの元服みたいなもの)、

結婚するときも教会で式をし、

死ぬときは死ぬときで、終油の秘跡をうけ、告解してもらう、

教会の鐘の音を合図に仕事をはじめ、仕事を終えるといった、

生活のリズムができあがっていたのでした。

まさにゆりかごから墓場までカトリック教会に世話にならずには

生きていけない感じなのです。

ま、それはそれでよいのですが、

カトリックには純然たる身分の差は当然というか、自明の理だと認められていました。

人間はそれぞれ自分の身分にしたがって、分をわきまえて秩序正しく生きるのが

人としての道だったのです。

身分とはどのように考えられていたのでしょうか?

今なら身分の差というのは、もともと、その土地の征服者と被征服者の違いだろうと思えるのですが、

当時は違います。

世の中は神の恩寵が深い人とそうでない人がいて、

すごくすごく、神の恩寵が深い人は王冠を授かる運命にある。

つまり王様になれるわけですね。

これがいわゆる『王権神授説』なのです。

そして貴族もそういう恩寵深い人なのです。

じゃあ、第三身分の人、平民はどうなのかというと、神の恩寵があんまり深くない人です。

こういう人たちは神の恩寵から離れているので、王族・貴族よりずっとずっと

能力も低く、容貌も醜く、心根も賤しいものなのだ、とみなされていました。

これねぇ、酷いよね。

貴族って栄養状態がいいから、背も伸びるよね。いいからだしていたと思うよ。

明治時代の人と現代人を比較してごらんなさいよ。

いまの人のほうがダンチにでかいじゃないの。それは栄養がいきわたっているからよ。

革命前の貴族は、ハチでいうなら、ローヤルゼリーを与えられて生きていたようなもんよね。

さしずめ、民衆はみな働きバチよ。

それに、もともと骨格が貧弱なところへ働きづめにしてりゃ、どうしたって

老けるのが早いわね。農民なんて10代の一時期だけよ、若いって感じられるのは。

お肌もかさかさしてるし、お風呂にも入らないから汚いわよ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ともかく、このような無知蒙昧な輩を教え導くことが、領主たる貴族の務め。

まぁ、これは建前だよね。

そんなあなた、命をかけて領民を守ってくれる貴族サマがどこにいたっていうの!

領主はいざとなれば、領民のために命も辞さない覚悟を決めて生きていかねばならないかわり、

領民はそういう精神的な重圧から逃れているのだから、分をわきまえて

よく働いて年貢を納めることが肝要とされていたのです。

そう、年貢だけは必ず持っていかれるんだよね。

もう、領主サマに収める年貢やら、教会への年貢やら、なんやらで

もし、10あったら、1手元に残ればヨシとしなきゃならないほどだったのね。

それなのに、特権階級は税金を納めなくてもよかったんザンスのよ~~。

きぃ~、いったいなんなの!!

なんていうのか日本の士農工商みたいな身分制度だったんですね。

百姓は生かさず、殺さずってことば、フランスの農民にもぴったり当てはまるよね!!

第三身分の人々が他の身分に立ち混じれるところはどこでしょうか…?

そうそう、軍隊とか教会ですね!

ですが、こういうところはどんなにすぐれた人でも

身分が低いと上に上がることはないのですね。

反対に貴族だったら、どんなにボンクラでも結構高い地位につくことができるのです。

いきなり大尉からスタートとか

あるいは子供のくせに司教とか。

その代わり、どんなにインテリでも第三身分だったら、村の坊さんどまりとか、

軍人なら本当に頭が切れて、すごく努力したとしても大尉(これだけでもかなりすごい)とか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

うう、ほんとうに考えるとひどいわぁ。

そこで今日のこのテーマを考える上で重要なことがあります。

カトリックの教義によりますと、女性の男装は「罪」でありますのよ!

あのフランス救国の聖女ジャンヌ・ダルクもたしか、

最後宗教裁判にかけられ、魔女と断罪されましたが、

その罪の中のひとつに「性を逸脱して男のような恰好をして戦いに挑んだ」

のがあります。

ですから~、さしずめオスカルさまは、本当に実在したアンシャン・レジームのフランスの世の中では、

絶対に絶対に絶対に、軍人なんかになれなかったということです。

あれは、まぁ、フィクションなんですよ。

つまり当時は、女性はどんなに優れていても、

男性の活躍する領域には、

少なくとも公式には入れてもらえなかったということです。

(どさくさに紛れて、一緒に戦争に行くのはアリだった)

今日お話しするテロワーニュ・ド・メリクールさんと言う人もそういう

男のダブルスタンダードで人生をめちゃめちゃにされた女性の一人なのです。

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フランスで18世紀末に革命が起こりました。

これまでの体制では、どんづまりで

二進も三進もいかなくなったからです。

もともとルイ16世が即位するときにはすでに財政の危機は訪れていたのでした。

おじいさんのルイ15世は美男で有名ですが、もう政治とかなんとかはそっちのけで

女道一本槍という人です。

彼の庶子はなんと60人以上もいたということですから、そのすごさがわかろうかというものです。

でルイ15世は常々「私が生きているうちは何とか持ちこたえるだろうが…」とはいっていたものの、

緊縮財政をするでもなく、使いたい放題だったんですねぇ。

もう世の中行くところまで行ってしまっていたんですよ。

ルイ16世はそれでもなかなかの名君だったらしいのですが、

時代の波は彼の方には向いていかなかったようです。

この革命はもともと政治形態やら、社会のシステムなどを変えるという目的もあったのですが、

既成の概念を全部ぶっ壊して、新しくて理想に満ちたものを再創造しよう!という

考えようによってはなんかめちゃめちゃロマンティックというか、おめでたい側面もありました。

一番代表的な例はメートル法です。

今も世界水準で当たり前につかわれていますよね。

で、さきほども申し上げましたように、ガチガチのカトリシズムだったフランスも

革命のおかげで「ライシテ(宗教の世俗化)」が進み、

離婚する自由や、宗教を信じない自由もできてしまったのです。

本当は国王が逃亡しなけりゃ、イギリスで国王がその頂にいる

イギリス国教会ができたように、フランス国教会ってものができただろうに、

フランスはいきなり無宗教化していくのですねぇ。

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7月14日、バレ・ロワイヤルでカミ―ユ・デムーラン(ベルばらのベルナール・シャトレの

モデルになった人・ロザリーの旦那様です)が民衆を鼓舞する演説をしました。

そこで民衆のハートに強い愛国心の炎がともり、みんな一斉にバスティーユ攻撃に向かうのです。

ここにひとりの女性がデムーランの演説を聞いて、陶然となっていました。

彼女こそ、フランス革命初期に活躍した革命家たちのアイドル、

テロワーニュ・ド・メリクールなのです。

彼女はもちろん平民、というか一種の高級娼婦でした。

彼女のパトロンとして一時期イギリスの皇太子もいたという話です。

ですが、彼女はほとほとこういう商売は自分に合っていない、と痛感していたのです。

もともと、彼女は聡明な人でこういう女という部分を武器にして生きていくのが嫌だったんでしょうね。

それでも天涯孤独の身、自分の身一つをたよりにして生きて来たのです。

デムーランの演説に心動かされた人々が共有したその場の友愛に満ちた雰囲気を感じ取って

すばらしい時代が来た!と考えたのでした。

で、テロワーニュがえらかったのは、そこで終わりじゃなくて、

もっと深く革命理念を知りたい、勉強したい、と思ったことだったのですね。

彼女の教養はどうにか読み書きはできる程度だったのです。

(当時、読み書きできる人はほとんどいなかったのでこれだけでもかなりエライのですが)

そこで彼女はヴェルサイユの国民会議場にまで赴き、

議員たちが何を話しているのか、直接聞きに行くのです。

今まで系統だった学問を収めたことがない彼女にとって国会が最初の学校となったのでした。

このとき、テロワーニュは、女の恰好をやめ、

乗馬服を着て、腰に一振りのサーベルと二丁の拳銃を下げ、

羽帽子をかぶっていったのです。

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彼女は高級娼婦をやっていただけあって美人だったし、

それにすらりと細身でスタイルもよかったので、

実に男装が似合っていたのだそうです。

そしてたちまち、革命家たちのアイドルとなったのですね。

ただ、彼女の場合、あまりにそれがサマになりすぎていて、有名になりすぎ、

ありもしないうわさが伝説化されて人の口から口へと伝えられ、

どんどんその虚像が独り歩きしてしまったのが、後々彼女を躓かせる元となるのですねぇ。

彼女は、国会の傍聴席に座るために、毎日毎日朝早くから列について並んでいたといいます。

初めは国会議員の演説も、論争を聞いても

何のことやらちんぷんかんぷんでしたが、

それでもマジメにノートを取り、国会に日参していたおかげで

しばらくしたら、本当に革命のことをきちんと理解できる人間になっていたのです。

これは本当に素晴らしいことですね!!

8月26日に採択された人権宣言。

「人間は自由なものとして生まれ、権利において平等である」

彼女はこの言葉を文字通りそのまま受け取りました。どんな人間も自由。権利において平等。

じゃあ、わたしもそうなんだ!って理解したところに彼女の悲劇があるのです。

それに、なまじっか他の男よりも聡明で、弁が立ったのですよ。

そのとき、彼女は「私は男と同等の能力がある! これから女を捨てて男として生きる!」

と決意するのですが、

世間じゃ彼女が女であることをかたときも忘れてはいなかったのですねぇ。

男の恰好できゃあきゃあコスプレしていたところまではみんなやんやともてはやしていたのですが、

理路整然とした口調で弁論するようになると、男どもは一挙に彼女を煙たく思ってしまう。

テロワーニュは、英国皇太子までお客にとるようなココットでしたので、

結構な財産をそのころ貯めていたました。

で、そのお金を使って、革命家たちのサロンまで開いてやるのです。

でもでも、男ってずるいんですよ。

ここまでテロワーニュに金銭面で世話になっていたくせに、

お金が尽きるとテロワーニュをかばってやろうという人間は現れなかったのです。

さて、一旦彼女は生まれ故郷のベルギーに引きこもって、

再びパリに現れたのは1792年。

革命の様子も最初のころとかなり様相が変わっていました。

以前はミラボーが中心となって立憲君主制を推進していましたが、

国王が国外に亡命しようとして失敗し、

国王の人気と権威は失墜してしまいました。

世の中はもはや国王を必要としておらず

共和制を望む声が高まっていたのです。

そして、革命をつぶそうとする諸外国との戦争の機運が高まっていました。

彼女は女性も武器を取って、男性と一緒に戦うよう、みんなに呼びかけます。

「女性市民のみなさん! 私たちの献身的行為によって、敵の策謀の意図を断ち切ることができます。

武器を取りましょう。私たちにはそうする権利があります。フランスの女が18世紀の光明に

少しも遅れをとっていないということをヨーロッパに示してやりましょう!」

素晴らしいですね。テロワーニュ。こんなことまで言えるようになったんだ…。

ですが、世の中の男は決してこれをこころよくは思っていなかったんです。

人権宣言の「人間」というのは、男に限った事であって、女は含まれていなかったのですね。

女は夫に従って、家事をやり、子供をそだてていればいいのだ!

う~む、男の本音が見え隠れしますね!

やはり、理想に燃えている世の中とはいえ、まだそこまで進歩的にはなれなかったみたいです。

ちなみに恐怖政治で有名なジャコバン党の領袖であるロベスピエールは

理想を追い求めるあまり、もうブルジョワ革命を通り越して、

ほとんどこれはプロレタリア革命というか社会主義革命みたいなとこまで

目指した人だと思うのですが、

そんな人でさえ、女性が社会に台頭するのは許せなかったみたいですね。

たぶん、その当時の彼らの女性に対する思いというのは、

その理想の最たるものは聖母、それも「スターバト・マーテル」悲しみの聖母

なんではないでしょうかねぇ。

つまり、男にとって「おふくろさん」っていうのが一番ありがたいもんなんでしょう。

利口ぶって男のようになってほしくない。

どんなに罪深い息子であっても慈しみ憐れむ母。

さかしらげに息子に理路整然と説教する母親とか女房なんていらないんですよ。

そっと後ろから抱きしめてほしい存在なんですよ。たぶんね―。

こういうのって、ロシアにある「聖痴愚」を信仰するのとなんか雰囲気似てますね。

昨日、007シリーズの「スカイフォール」みてましたけど、

ごっつい男、ダニエル・クレイグ扮するボンドをアゴでこき使うのは

小柄な女性上司のM。

国会の審議会の質問するのも女性大臣、答えるのもM。

みんな女性ですよ。

別にそれで卑屈になっている男はいませんからね。

まぁ、イギリスは昔から女王を輩出する国でしたから

そこらへんの耐性は伝統としてあったのかもね。

とにかく、フランスはサリカ法かなんかしらんけど、

女性は王にはなれないの。

フランス人っていうのは、なんかこう理想を追い求めるその純粋なまでのパワーもそうだけど、

いったん許せない!と思ったら、あらゆる汚い手を使って

女性革命家を追い落としにかかるのが本当に熾烈で残酷です。

あいまいなんが嫌いなような気がする…。

ある、女性革命家が

「女性だって、断頭台にかけられたりするんだから、

当然、男と同等の権利はあるんじゃないの?」

と食って掛かったのですが、やはり首だけはきっちり切られて、

しかも権利は認められないのですねぇ~。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最初は第三身分のものが一丸となってまとまっていた国会ですが、

今では比較的穏健であるとみなされているジロンド派と

理想を求めるあまりに急進的なジャコバン派の間で闘争が繰り広げられていました。

国家っていうのは、国内の福祉とかナントカに目を向ける面と

対外政策との両輪のバランスがとれてないととんでもないことになるんですねぇ。

ロベスピエールも平民の味方だとかなんとか言っていますが、

この人だって大学まででていますからね、貧しいとかいっても、やっぱりブルジョワには違いないのです。

でも、そうやってブルジョワ路線に走ると、民衆が黙っちゃいないのですよ。

とたんに暴動になって、クーデタが巻き起こってしまう。

とにかく、革命というたずなを引き絞るのが本当に至難のわざなのでありました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最初はテロワーニュの再登場にやんやと喝采が起こったのですが、

またもや、この二派の中で彼女は追い落としの材料として利用されてしまうのです。

彼女はジロンド派の一味だとして、パリの街の女たちに捕まえられ、

白昼の、それも公衆の面前で思いっきりひどい屈辱を受けることになるのです。

フランス革命っていうのは、高邁な理想を求めて人行われたこの上もなく

美しい行為でもある反面、

なんていうのかな、野卑な民衆がどさくさに紛れて、自分たちが妬ましいと思った人物を

血祭にあげる、っていうそういう卑劣なことも同時に行われていました。

美しくて、スタイルがよくて、聡明なテロワーニュの本当の敵っていうのは、

男じゃなくて、「なにさ、女のくせに男みたいなかっこしやがって。

なんであいつだけがあんなにきれいで凝ったブラウスなんかきてられんのさ!

あたいら、マジメに働いたって、一生そんな羽飾りの帽子なんかと無縁だね!

ハン!気取りやがって!」

とこのように嫉妬されるんですよね。

(女の嫉妬っていまも昔も構造は変わらないですね…)

そうやって下町の女たちは国会の入口でテロワーニュをヤジったのですが、

テロワーニュは毅然として、その女たちをにらみ返したのですね。

これがよくなかった!

態度が貴族的過ぎたんです。

目線が思いっきり高かったというか…。

すごくバカにされた、と思ったみたいですね。

女が五六人でテロワーニュひとりを羽交い絞めにして

彼女の後ろに回り込みテロワーニュのスカートをまくり上げ、

むき出しになったお尻を皆の前にさらしてさんざんに平手うちという

暴挙に及ぶのです。

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それを見ていた男たちはゲラゲラ笑うだけでテロワーニュを助けようとする者はいません。

たまたまそこを通りかかった通称「人民の友」であるマラーがそれを見て、

テロワーニュを助け出したのでした。

マラーはテロワーニュを慰めようと手を尽くしたのですが

可哀そうにテロワーニュは、ショックがきつすぎて何も言い返すことも

おこることもできず、ただ泣きに泣いていただけでした。

これが彼女が人前に姿を見せる最後になったのでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あ、ここでベルばらのオスカルさまを思い出してしまう。

彼女も、なんか似たようなことなかったですか?

あ~、そうそう!

フランス衛兵隊に赴任したばっかりのとき、

女だからってんで、アランたち衛兵のボイコットにあって、

夜中のヴェルサイユ宮殿の庭園でひとりでいるところを

男どもにさらわれて、あわや輪姦(失礼!)されそうになったような???

あれ、従卒のアンドレがすぐに気が付いて守ってくれたから事なきを得ましたが、

彼がいなかったら、やはりオスカルさまもテロワーニュみたいになってかも…。

とかく女の場合、屈辱を味合わせてやりたい、って思ったら、

そういう暴行を働こうとするじゃない、なんだかんだいって最後は。

卑劣よね~~。

テロワーニュには、残念なことに守ってくれるボディガードはいませんでした[右斜め下]

結局世間からも

「淫売のくせしやがって、革命家を気取って演説だと? 笑わせるな! ちゃんちゃらおかしいぜ!」

と一笑に付せられ、冗談で済ませられてしまうのです。

実は結構繊細な神経をしていたテロワーニュはこの泥まみれの屈辱に

耐えることができず、精神がおかしくなり、くるってしまったのです。

それから彼女は死ぬまでサトリペリエール婦人療養所で過ごすことになるのです。

享年55歳。

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晩年のテロワーニュ。
かつての美貌のかけらさえ
残っていません。悲しい

人生って一生、学び続けることなんじゃないの? [ちょっとした考察]

最近ねぇ~、

ちょっと人間関係で、グジグジしたことが多くて

ちょっとテンション下がり気味だったんです。sadafusa。

今まで仲良くしていた人でも、ある瞬間「?」と思って幻滅することがあります。

始めから「この人とは、ウマが合わなさそうだな」と思い、敬遠している人よりも、

親しくしていただいている方が、そういう「え?」みたいなことなさると、

こちらも相当、ショックだったりするんです。

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あと、最近、つらつら思うに、家族関係ですよ~。

お蔭さまで、ウチは一家四人、まあまあ仲良くやっていってますが、

もう、娘も24歳だし、ひょっとして、近い将来、ヨメに行くこともあるだろうな、と

考えたりもするんです。

まぁ、嫁いだ(という言い方はあんまり好きじゃないですが)家の方と

娘が良好な関係を築けることを祈っていたりするわけですが、

でもさ、たいてい揉め事が起きるときっていうのは、

そういう風にはじめは思っていても、思いもかけないことを言われたりして

亀裂が走るときじゃないですか?

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自分の場合は「いつ子供産んでくれるの?」でした。

結婚して、その次の日に言われたんですけど、

これはかなり衝撃的なひと言でしたよ。

わたくしたちの場合、交際期間が長くていわゆる「長すぎた春」みたいな状態だったりしたんですが、

しかし、それにしても新婚生活でラブラブなときに

そういう水を差す発言しますかねぇ~。

まぁ、今となったら、お姑さまは

「ヨメというものは子供を産んでこそ婚家に認められるものだ」という気持があって、

励ましてくれたのかもしれませんが。

それはまぁだいぶ深く、良いように受け取ってです。さしずめ、「老婆心」ということでしょうかね。

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しかしながら、世知辛い今日昨今。

正社員だって、なかなか満足なお給料がもらえなかったりするご時世です。

専業主婦なんてのほほんとやってられる人はほんの一握りかもしれないし。

共稼ぎで「ちょうど」というカップルだって少なくないでしょう。

だから、二人で話あって、「ここまで貯金しなくちゃ、将来〇〇するまでの資金がない」

などと考えていたりもするわけだから、無責任に「子供、子供!」と騒いじゃいけないと思う。

それに、子供ほしくないカップルもいたりするわけだし。

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こういう風に、嫁さんにかまけるお姑さんというのは、実は「かまける」しか能がない人なのではと

おもったりするんです。

昨日、読売新聞の人生相談読んでいたら、

洗濯物を南側に向けないでヨメが干すもんで、アタマきて、ヨメの実家に電話して、

今までどういうお躾けをなさってきたんですか」とのたもうた方の話を読んでいましたが、

何だかはぁ~とため息がでます。

わたくし、干せればそれでいい、と思う人なんで、別に洗濯物のムキが東西南北、どちらに向いても

一向に構わないです。

それに、今の時代、男も女もなく、大学に入るまで一生懸命勉強するじゃないですか!

そこには男女の差なんて全くないですよ。

女だから点数底上げして大学入れてくれるわけじゃないしね。

何が躾けなんだろう?と思う。

じゃあ、息子にも当然そういう躾けをなさっていたはずですよね!

男だから、家事をさせない、というのはきょうびありえませんですね。

勉学に男女差がないのに!

そんなことより、もっと大事なものがあると思うんですよ。

それは「思いやり」とか、「気遣い」とかそういうもの。

さしずめ、そのお姑さまは、まあばっちり家事能力があったとしても、

人をいたわる気持っていうのは無いですね。

そこらへんに奥ゆかしい品の良しあしっていうのが出るんですよ☆

これは、ヨメいびりに他ならないです。

しかも、そういう洗濯ものの干し方って聞いたこともないし、

もし、それが本当に正しい干し方ならば、それが書いてある家政学の本という

根拠を見せてほしいですね。全く。

多分、単なる自分だけのひとりよがりなんじゃないの?と密かに思ったりしますが。

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なんか、わたくし、イイトシをしていますが、人に教えられることなんて

な~~んにもないと思う。

本だって、趣味に偏ってるし、「読むべき本」みたいなもの、まだまだ読めてないし。

家事だって、ズボラなのでいい加減だし。

子どもにだって将来のアドヴァイスなんてなんにもしてあげられないです。

だから

「おかあさんは、たかだかあんたたちより何十年か先に生まれてきただけってことで

人間的になんら優れているところなんてないのよ~。

だから、これからの将来、自分のことは自分でとっくり考えるなり、もっと適切な方に相談するなりして

自分で最後は決断しないさい。

ただ、仕事を辞めるにしろ、続けるにしろ、「機を観るに敏なり」って言葉があるとおり、

チャンスを逃さないようにね。

まあ、だけど、愚痴りたいときはいつでも聞くよ。

とはいっております。

それしかできないから。

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そして、今の若い人たち。

結婚するにあたって、そりゃあんまりリスクのない結婚というものは

あらまほしいものですが、

あんまりスペック、スペックっていっていると、それよりももっと大事な何かを

見落とすことにもなりませんか?

大事なのは、お互いの価値観です。それと、いうまでもなく「愛」。

もっとつっこんでいえば「お互いを思いやれる心」かな。

少ないお給料でも助け合って、幸福なおうちってありますよ。

わたくしは、どうやったら、人になにかしてもらえるかばっかり考える人間より、

どうしたら、自分は人の役に立てるかってことを考える人間のほうが仕合せだと思います。

そして、愛されるより、自分のほうから人を愛するほうが、やっぱりずっと仕合せです。

それがひろ~~い意味での博愛じゃなくてもいい、

ご自分の御主人、子供、ご近所の人と狭い範囲でもいいと思います。

しかし、愛するということは、「自分の意のままにする」とか「自分の厚意を押し付けること」ではないのです。

だから、たかが自分の子供、自分の夫ですらあっても、大変なことだと申しておきましょう。


年末おおそうじとわたくしのキモチ [ちょっとした考察]

 

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わたくし、自慢じゃないですけどお掃除キライなんです。

あ、でも、わりと分類することは好きなんですけど。

分類することは、考える余地があるっていうか、やっていてそれなりに

愉しいんだけど、御皿洗いとか、拭き掃除とか、塵を払うとか、

そういうのは、もうメンドクサイのひと言。大嫌いなんです。

いまはそうでもないけど、子供たちがいるときは、容赦なく部屋を汚しまくっていたので、

もう、ルーティンワーク以外の何物でもなかったし。

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鍋もどうしても噴きこぼれた後の焦げ付きがあったりして、

そういうの、一生けん命やっても、なかなか取れないし、

それにすぐ、また焦げ付きができたりして、報われなさが先に立って、

底が真っ黒なフライパンを使っていました。お恥ずかしいですが。

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ところで、最近、NHKの連ドラを観るようになって、いつもはそれでテレビを切っちゃうんだけど

(だらだらつけっぱなしにしているのって、実はキライなんです)

たまたま、そのあとの『あさイチ』を見ていたら、

年末大掃除大特集をやっていて、

そこには、掃除の達人のおばちゃんたちのオンパレードでした。

いつもだったら、「ハイハイ、あんたたちはエライよ、主婦の鏡だよ」と

半ば憎しみに近い心境で見ていたのですが、

今回は違った。

マジックリンとか、そういう市販で売っている洗剤を使わず、自然の素材で手作りしたもので

お掃除すると、これが恐ろしいほどよく落ちる。

三つありまして、

ひとつはセスキ炭酸ソーダ、

ふたつめは、クエン酸、

三つ目は、ふつうの粉石けんです。

セスキと石鹸は、本当に目から鱗で、あんなに酷かったぎとぎとの油汚れが

面白いほど落ちる、落ちる、

加えて、セスキを水に加えて煮沸すると、真っ黒焦げになったヤカン、フライパンのこげつきも

するするっと落ちていく。で、やっぱり五徳なんかも、つけおきしておくと、ぴっかぴか。

あと、粉石けんは、全くの100%の石鹸じゃなく、多少アルカリが入っているものに

水を加えて、泡立て器で撹拌してプリン状にして使うと、これまた

ふろおけとか、鑑とかぴっかぴか。

クエン酸は、カルシュウムを分解するのでトイレ掃除に最適なのです。

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さすがにNHKで放送されると、薬局にもスーパーにもセスキも粉石けんもなくなってしまっていました。

まぁ、重たいし。楽天で買いました。

しばらく、キレイにしたい一心からじゃなくて、あまりにスイスイ綺麗になっていくので

面白くて、ゲーム感覚で家中をそうじしていました。

多分、気分がかなりハイになっていたんだろう、と思うのです。

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ただね~、やったあと、思ったんだけど

ある程度、家の中がカンタンに綺麗になれば、掃除時間が短縮されて

快適な空間をキープされるから、それはそれでいいと思うのね。

だけどさ、手段と目的を間違えて、「掃除のためなら死んでもいい」みたいになったらイヤだな

と思うのね。

というのは、うちの母がそうで、

たまにわたくしの家に来ると、「ア~、汚い、汚い!」と叫びながら

急におそうじをし出すの。

これでもね、気を遣って実の母が来るとはいいながら、一か月前ぐらいから掃除していても

こうなの。

「おかあさん、やめてよ~。ゆっくりお茶でも飲んだら?」などと言おうものなら、

「こんな汚いところで、ゆっくりお茶なんか飲めないわよ!」

とせかせかせかせか、他の人が何をしていてもお構いなしで、

人の家の中を遠慮会釈なく、掃除しまくって、勝手にモノを捨てまくって

自分だけ気分すっきりで、「はぁ~、いいことしたぁ~」で満足して帰って行くの。

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こういうのは、すごく極端な例で、

世のなかのキレイ好きな方が皆が皆、ウチの母のようではないと思います。

ちゃんと、自分はこうでも、他人の感受性はまた違うものだ、と認識している方のほうが

大勢いらっしゃるとは思うのですが…

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掃除をしていていると、なんかこう、自分が独善的なキモチに傾斜していくのが

解るような気がしてきたのね。

キレイなのがアタリマエ、

汚いあの人は、あの家は、と見下げるキモチ?

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でもね、どう考えたって1日24時間しかないわけで、

世のなかにはお掃除の他にも趣味のある人いっぱいいるわけよ。

わたくしは、どっちかというと、モノをつくるのが好きなタイプだから、

散らかすほうが多いんだけど、

掃除をするにしろ、モノを創るにしろ、他のことをするにしろ、

時間は無制限にはない。

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だから、ある程度のところで折り合いをつけなければならないってこと。

ある程度、家が汚れて雑然としていたって、

それで家族や本人が仕合せだったら、それでいいじゃない?

お風呂入ってリラックスしてのんび~~りして、ダラっとしているのが好きなのに、

お風呂に入った後に、「ついで掃除」なんてしたくないわけよ。

なんかせっかくお風呂に入って、ちょっと高級な石鹸つかって、綺麗なバスローブきて

のんびりしてボディークリームとか塗ったり、コロンつけていい気持ちでいたいのに。

その一瞬だけど、「ラグジュエリアス」な時間を捨ててまで

勤勉に掃除していたくないな、とか思って。

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何事も、「過ぎたるはなお、およばざるがごとし」

そりゃ、ゴミ屋敷も嫌だけど、ホテルみたいに片付きすぎな家も生活感がなくていやだな。

なにごとも、バランス。

わたくし、「人間は愉しむために生きている」んだと思っています。

手段を生きる目的にしてはいけないよね。

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上手く言えないけど、わかってくれたかな?

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クレラップを切りながら… [ちょっとした考察]

先日、余ったオカズをラップするために、商品名『クレラップ』をビリっと切りながら

思ったことがありました。

実をいうと、この「クレラップ」のクレというのは、

わが故郷にある会社、「クレハ化学」の「クレハ」から来ているんですよね。

で、クレハというのはホントウは「呉羽」という漢字を書きます。

で、この「呉」という字なんですけど、ふつうは「ゴ」と呼ぶでしょ?

この呉という字、結構いろんな疑問を含む字だなぁ~とか思って。

だって、日本が誇るキモノ、最も日本らしい伝統的民族衣装なのに、

なぜ、あれのことを「呉服」というのですかお店まで「呉服屋」ですよね。

「呉」というのは、昔の中国にあった国の一つで、いわば中国風なわけでしょ?

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というパラドックスが生じる。

で、小さい頃から呉羽というところは、実は山というか丘陵でして、

150メートルないと、山とは言えないので正式な名前は「呉羽丘陵」ですが

地元の人は昔からあれを、「呉羽山」と呼んできたのです。

・・・・呉羽山のことは、それぐらいにしておいて、

このクレハという名前、よく考えてみればなんか裏に意味がありそうな名前だなと思い、

ググってみますと、古代より服飾を作る人々のことを

「クレハトリベ」すなわち「呉服部」と呼んだそうです。

とすると、この呉羽山もその昔「クレハトリベ」と何等かの関係があった場所なのかな、

と類推することができます。

そういえば、なぜ「服部」さんは「ふくべ」と読まずに「はっとり」さんなのか、解りますね。

服部さんはその上に「呉」という字が抜けたんでしょう。

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あと、やっぱり知っている人に「羽鳥」さんという人がいます。

その方も、もしかしたら「クレハトリベ」の名前から派生したものじゃないか、と思うと

なんかとてもインタレスティング&エキサイティングであります。

 


語られる「言葉」の力 [ちょっとした考察]

台風、すごかったですね。

わたくし、京都上京区に住んでおりまして、

晴明神社のそばに住んでいるご利益なのか、

はたまた、畏れ多くも帝の御住居に近いからなのか、

あるいは、やはり近くに、今はやりの新島サマの大学があるからなのか、

全く被害はありませんでした。

嵐山などの方がひぃひぃいって、救命ボートに乗って、脱出している間、

わたくしは、家の二階でのうのうと、それこそ白河夜船、でございました。

いい気なものでございますね、

そのうち神罰が下るかもしれません。恐ろしや。

あるいは、これも神の恩寵と喜ぶべきなのか…

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いつも、前フリが長すぎますね。

反省しているのですが、性分なんで、治りそうもありませぬ。

さて、今日はちょっと、思いついたことを書きます。

最近、親しくしていただいているブログ友さんがいらっしゃいまして、

その方、ものすごく、日本の古典に詳しいんです。

いつも、読みながら~

「ほへ~、ふへ~」と口を開けて、アホ面さらして読んでいるわたくしです。

人には見せられない姿ですが…

そんなことは、どうでもいいですが、いつも感心して読んでいるんですね。

で、この間、平家物語の「敦盛」と「忠度」を取り上げて現代訳をしてくださっていたのですが、

まあ、含蓄が深くて楽しかった。

というのも、わたくしもともと「平家物語」スキなんですよ。

清盛が一代だけで築き上げた平家。

しかし、時代のカリスマであった清盛が死んでしまうと、なにか平家一門は

中心軸がなくなったかのように、ひとつに束ねられた心がバラバラになって、

崩壊していってしまう。

滅びの美学が、滅んでいく前の平家の公達の心映えの見事さが、

人々の紅涙をさそうのも、無理はないのですね。

おそらく近い将来、平家が滅びるのを薄々予感しながら、

儚くなってしまった、小松の大臣こと、長男の重盛、

後妻である、池禅尼の嫡出子として、嫡流に選ばれたいと焦る宗盛、

もののあはれを知りながらも、猛き武士の魂をもった知盛、などなど。

どの人も、どの人もそれなりの事情がある。

しかし、そういった優雅な武士ぶりも、

実質本位で、怯懦を極端に嫌う義経にかかると

ひとたまりもないのです。

義経の闘い方は、ゲリラ戦法で、当時の戦のありようからみたら、完全にルール違反です。

ですが、それが新しい力なのでしょうね。

物事は生生流転、諸行無常。これほど「滅んでいく美しさ、儚さ」を堪能できる作品はありません。

 

去年、松山ケンイチが主演していた「平清盛」は視聴率は最低だったようですが、

あれ、すごく面白かったです。

ただね、やっぱりボケーとみているには、難しくて、やっぱり基本平家を読んだ人しか

楽しめない、ちょっと高度な仕上がりだったかもしれなかったです。

しかし、それだけに、コアなファンはいたらしい。

話は何度もそれて、すみません。

そうです、平家物語、ですね。

このお話は、誰がいつの時代に書いた、とはっきりいうことができませんが、

大まかにいって二つの体系に分かれるのです。

読み物系と語りもの系ですね。

たぶん、語りもの系のほうが成立時期は、早いそうです。

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本は、自分で声に出して読むのと違い、目でおって、アタマの中で文章を味わっているのです。

だから、テンポなど気にしなくてもいい、とか、文体はどうでもいい、というわけではなく、

やはり、それなりにアタマの中で還元しているので、文体などはとても大事なものですが、

さりながら、じゃあ、実際に語る、という段になると、

そのまま、読めばいい、というものでもなさそうです。

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やはり、日本語は複雑でして、漢字の熟語など続くと、聴いただけではわからないことも、多々あり、

それを、耳で聞いて解りやすい和言葉に直す必要もありそうです。

実際に、琵琶法師が「平家物語」の一節を語るのを、今までに、二度か三度ほど

聴いたことがあるのです。

日頃はあんまり古典の品詞分解など得意じゃなかったわたくしでさえも、

読んだだけでは絶対にわからない、昔のままの「語り」がストンとわかってしまうから不思議です。

語りっていうのはすごいものですね。

解説の方がおっしゃっていましたが、昭和四十年代の初めごろまでは

三重県を中心とした地域では、法事などの余興として、必ず

琵琶法師を読んで「平家物語」を聞いたものなんですって。

ですので、そのころまでは結構琵琶法師の需要というものは一定数あったそうなのです。

へぇ~、へぇ~、です。

 

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考えてみたら、わたくし、文楽も大好きでして、あれも枕本を読もうと思って読めるもんじゃないです。

まったくわからない。

けど、実際、三味線の伴奏に乗せて、大夫が物語を語りだすと、

なぜか、江戸時代の心中した男女の切ない気持ちがよくよく、

それこそ、五臓六腑に沁み込んでしまう程にわかってしまうという、

この不思議さよ。

語られる言葉は、なんというか語られた時点で「言霊」が放出されているんじゃなかろうか、

そうして、聴いている人のハートをジカに揺さぶっているとしか、思えない。

赤ちゃんだって、アタマで理解してるんじゃないんですよね。たぶん、

ココロで、ハートでおかあさんの言葉を理解している。

たぶん、語る、というのは、それだけで、十分に力のあることなのかもしれません。

しかも、その語る人が、特別に訓練されて、ものすごく表現力のあったりすると、

ただの素人が素読しているのと、まったくの別物になってしまうのですねぇ。

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また、大河の話になってしまって、申し訳ありませんが、

ちょっとまえ、ガクトが上杉謙信をやっていて、

戦の前に、臣下を集めて、鼓舞するシーンがあって、

あれは、文章にすると、そう長くもないセリフなんですが、

この間、夫がyoutube で見ていたのを横から聞いていると

なんだか神がかっていて、怖いくらいでした。

本当に、こんな風に家来の前で謙信が、語れたのであれば、

やはり「お館さまは、毘沙門の化身だ」と思うのもむべなるかな、なのであります。

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本が好きなわたくし。

ですが、最近、目を酷使しすぎて、本を読むのが辛いときもあります。

そんなとき、朗読を聞くのも手かな、と思ったりもします。

 

 


ミロード/ミレディ [ちょっとした考察]

わたくしたち夫婦はお酒はワインと決まっています。

というのは、どうしてもビールが飲めないから。

(日本酒は飲めるけど、基本、和食より洋食のほうがスキ→だいたいのジモトの京都人は

 サカナより肉が好きな人が多いんです)

夏場になると、他の方がキンキンに冷えたカンを取ってきて

プシっとプルトップを引っ張ってグビグビ喉を鳴らして飲んでいる姿を見ると、

いかにも美味そうで、イイナとは思うんですが、

ど~も夫婦とも、あのホップの味がダメみたいです↓

でも、ワインといっても、すっごく値の張る高級ワインがよろしい、というわけでもなく

ワインにめちゃくちゃ詳しいわけでも、何でもありません。

だいたいいつも1000円前後のワインばっかり買ってます。

ただ、結構重くて辛口がスキというところだけは共通の趣向かもしれません。

ど~も、甘口のデザート・ワインというのだけはニガテで飲めませんね。

となると、何となく必然的にコチラ辺のものになってしまう。

ボルドーですね。

先日、夫がわたくしが一時期『三銃士』にハマっているのを知ってか

あるワインを買ってきました。コレです!

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「お~い、面白いワイン買ってきたよ~」というので

見たら、「んん?ミロード?なんじこりゃ?」

「え?そんなはずは、だってお店の表示にミラディってちゃんと書いてあったもの」

「え?どう見てもミロードじゃん。」

「え?…おっかしいなぁ~」とふたりでためすすがめつ見てみると!

おお、これは

シャトー「ミロード」でキュヴェ「ミラディ」でした。

んん~、なんでミロードでミラディなのだろうか? なぜにフランスなのに英語なの?

ここのシャトーのオーナーは三銃士のファンなのかな~。

それだったら、シャトー・ダルタニャンにすればいいのに。

それとも、韻を踏みたかったのか。

ま、それはともかく。

おいしゅうございました☆

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明日はとうとう娘が東京へ行ってしまいます↓

しばらく寂しくて、泣いてしまいそうです・・・・。

昨日は長電話するため、娘にスカイプのやり方、教えてもらいました。


京大博物館 ② 「マリア十五玄義図の探求」展へ行ってきました。 [ちょっとした考察]

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この間、京大の博物館へ行って、

ウフィッツィのヴァーチャル・ミュージアム展のことについては

先に述べました。

でも、実はアレはタマタマ京大博物館にいって遭遇した僥倖であって、

本命は実はコチラだったのです。

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わたくし、昔からなぜか、バテレンとかキリシタンっていうのにとても惹かれるんです。

だから、「邪宗門」の詩も好きだし、もちろんカステラも好き。

(味そのものがスキと言う意味ではなく、その存在にとても惹かれるという意味で)

もともと、自分の家がクリスチャンっていうのもあります。

そして、高校生のときから、大の遠藤周作のファンでして

「沈黙」とか「女の一生(モーパッサンではない)」などを読んで

いつか、いつか、五島列島へ行ってみたいなぁと思っているんです。

(まだその夢は実現してませんけどね・・・・)

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しかし、驚いたことに隠れキリシタンの里というのは、何も五島列島だけの

専売特許ではなかったのですよ!!!

京都にもほど近い、大阪は茨木にも隠れキリシタンの里は存在していたそうです。

その事実を知ったのは、実はこの展覧会ではなく、

若桑みどりさんの「クアトロ・ラガッツィ」を読んだときのことでした。



クアトロ・ラガッツィ 下―天正少年使節と世界帝国 (2) (集英社文庫 わ 13-2)

クアトロ・ラガッツィ 下―天正少年使節と世界帝国 (2) (集英社文庫 わ 13-2)

  • 作者: 若桑 みどり
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2008/03/19
  • メディア: 文庫



内容は全くの小説という形式ではなく、そうですねぇ、塩野七生さんの

「ローマ人の物語」のような感じでしょうか。

文庫本で上下に分かれますが、なかなか歯ごたえのある本でしたよ。

そこで、知ったのは、キリシタン大名である高山右近がいかにすばらしい武将であったか、ということです。

知力もあり、武力もある。そして大名という高い身分でありながら、

驕り高ぶることなく、実に寛大な殿さまだったということです。

高山右近は変節漢ではありませんで、大友宗麟のように、自分の信仰のあり方をうやむやにしませんでした。

(だからといって、宗麟の態度ひとつで家族はもちろん、一族・郎党が露頭に迷うわけですから

 この時代変節漢であるということは、求められるひとつの身の処世術というか資質でもあったと思います)

で、右近はとうとう領地召し上げの末、加賀藩にお留め置き、最後は国外追放という仕儀になります。

歴史にif はない、とは申しますが、もし、右近が西軍についていれば

あれほど、無様な負け方はせず、

徳川幕府もありえなかったかもしれない、というほどの智将でもあったということです。

いわば、一つの時代のカリスマだったんでしょうね。

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ということで、よほど、右近が殿さまだった時代を茨木の人々は恋しいかったのでしょうか、

いつまでも右近のことを忘れなかったとみえて、キリシタンの信仰も捨てず、密かに守り通したらしいのです。

こんなに京都に近いのに、そんなことができたなんてすごいことです。

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この展覧会はそもそも、件の茨木の里の民家の屋根裏から、なんと1630年ぐらいに描かれた

「マリア十五玄義図」が昭和5年に発見された、というところからはじまるのです。

十五玄義というのは、キリストの生涯を15の場面に区切って絵で説明したものです。

昔の人は字が読めない人がほとんどだったので、カトリック教会なのでは

回廊などにその絵を一枚ずつ間隔をあけて、飾ったりしました。

裕福な信者は、来世の幸福を求めて、イェルサレムやサンチャゴ・コンポステーラ、あるいは

ローマなどへ巡礼したものですが、貧しい人はそんなお金もヒマもございませんので

こんなふうに回廊を巡ってプチ巡礼気分を味わっていたのです。

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とまぁ、そういうシロモノなのですが、それが茨木の民家で発見された、

それも本当に人目をはばかるように、屋根裏の梁のところに竹筒に入れられ保管されていたそうです。

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祖先がキリシタンであることも、まるっきり知らなかった子孫の人はどうしていいのかわからず、

とりあえず京大にこの絵を寄贈したのだそうです。

最初は、あまりに破損がひどいため、

かろうじて「キリシタン風の何かが描かれている」とわかるぐらいだったのですが、

今日ここまで、修復が出来て何よりですね。

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わたくしがこの絵をみて驚いたのは、下の中央に私達が必ず世界史で習う、

イエズス会士である、イグナチウス・ロヨラとフランシスコ・ザビエルが描かれていることです。

それも、ロヨラはともかく、ザビエルの歴史の教科書を知っている人なら

絶対にザビエルとわかるように描かれているということです。

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描かれている文字もラテン語ではなく、ポルトガル語だそうです。

そして、今回京大の調査でわかったことだそうですが、

描き方も日本画風にニカワを使って描かれたものではなく、

きちんと西洋風に卵を使ったテンペラ画なんだそうです。

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すでに禁教となっていた日本へ真理(彼らにとっては)を伝える熱意に燃えて

やってきたイエズス会士。

イエズス会の人々は、ほとんど貴族というか武門の出で、

なにもはるばるこんな世界の果てまで、どうしてきたんだろうか…という

感慨に打たれます。

まぁ、信仰に篤いということもあったんだろうけど、

実はロビンソン・クルーソーみたいに世界を旅したい、冒険野郎どもだったのじゃないか

というのが真相なんでは、と密かに思ったりもします。

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京大の展覧会はもうすでに終わってしまいましたが、

茨木にはキリシタン博物館があるそうなので、そっちへいってみるのも

おもしろそうです。

あ、最後に売店でパンフレットみたいな小冊子を500円で購入したのですが、

な~んと、知の殿堂であるハズの京大のくせに、レベルは小学生中学年向き…。

どんな人にでも解りやすく、というのをモットーにしたのかもしれませんが、

もうちょっと大人向けでもよかったんでは・・・と思いながら帰路についたのでアリマシタ☆


007はお好きですか? [ちょっとした考察]

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みなさん、スパイ映画は好きですか?

わたくしは断然この手の映画が好きですね。

最近、ダニエル・クレイグがボンドに扮してから

なおさら007シリーズが好きになりました。

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なんたって、007シリーズは派手なアクションという魅力もありますが、

必ずボンド・ガールという美女が登場し、

これまたお約束のように、ゴージャスなパーティ・シーンがある。

筋骨隆々とした立派なボディにタキシード、

美女はめりはりのきいた体に沿うようなソワレをお召しになり・・・・と楽しい。

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ゴージャスなホテルに、ゴージャスな車、ゴージャスなロケーションと結構、優雅な気分。

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この間、朝日新聞を読んでいたら、

歴代の007を演じていた男優さんおよび、

その作品についてのコラムがありました。

ルパン三世の原作者であるモンキー・パンチさんとか、

あと、何人かの007に強い影響をうけた6人ほどで、

何が一番好きか、などを討論したものでした。

で、みんな一様に一番好きなのは「ロシアより愛を込めて」でした・・・・。

なるほど、なるほど。

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次はだいたい「カジノ・ロワイヤル」だったかも

今のボンド、ダニエル・クレイグですね。ま、これも納得できるところです。

007と聞いて、「ロシアより愛を込めて」と連想行きがちですもんね。

それほど、スパイとしては傑作だったのだろう、と思うのです。

青池保子の「エロイカより愛を込めて」っていう漫画まであるものね。ウン、

今日、夫サマと「007」と聞いてすぐに脳裏に浮かぶ顔って誰?と話あっていたら、

「やっぱりショーン・コネリー」だろうねぇ。

とはいえ、わたくしたち実際にはでっかいスクリーンでショーン・コネリーをみたわけじゃない。

最初は超低予算映画の「ドクター・ノオ」から始まったんですね。

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でも、「ドクター・ノオ」って聞き馴れなくって、

「そんな作品あったかな?」と思っていたら、

実は当時、「ドクター・ノオ」というタイトルではなく、

007は殺しの番号」という邦題がついていたのですね。

ああ、どおりで聞きなれないわけです。

ついでに言えば「ロシアより愛を込めて」も

最初は「007危機一発(一髪ではない)」という邦題がついていましたが、

いつのまにか「ロシア・・・」のほうが人口に膾炙されておりましたとさ。

「ロシア」のほうがタイトルとして秀逸だわね、ロマンティックだしね。

だいたいね、今じゃ007のことを「ダブルオー・セブン」と普通にいうけど、

昔は「ゼロゼロセブン」といっていた。

ところで、わたくしが子供の頃からなんとなく、

その存在があったことはわかっていたけど、

はっきりと「この映画がすきだ!」と自覚したのは

たしか、高校か大学生のときに見た、「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」。

これはショーン・コネリーがもう一度なつかしのボンドに戻ってという、

ちょっと番外編みたいな映画。

コネリーが実はハゲ親父だったとカミング・アウトしたのもこの映画の時だったと思う。

でも、世間では「却って人間らしい、潔い。それにゲーハーでもコネリーはかっこいい。」

とかなり好意をもって迎えられたような気がするんですよね。

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さて、わかりやすいようにボンドの映画の表などを張り付けておきましょうか?

ヴィデオで見て一番笑ったのは、「007は二度死ぬ」。

これってわたくしが大好きな作家であるロアルト・ダールが脚本書いているらしいんだけど、

日本が舞台になるんだよね。

当時、日本ってアメリカから見て、こんな国だと思われていたんだなぁと思うと

一種の感慨がある。

しかし、どうキモノを着ようと、髪を真っ黒に染めようと、

絶対にショーン・コネリーは日本人にはなれないだろう・・・・と思いましたが。

浜美枝さんがボンド・ガールに選ばれて、

「国の誉れだ」みたいなこと、随分世間では騒がれていましたっけねぇ。

今の若い人たちって解らないだろうけど、

その当時の日本人の外国コンプレックスってそうとうなモンがあったんだろうと思う。

今は、別にフツーに長身で顔の整った人なんて、

日本人かどうかを問わず、アジア一帯に存在してますからねぇ・・・。

なんかそんな人種差別みたいなことも考えてしまいますねぇ。

ロジャー・ムーアのものはね、一度テレヴィで放映されていたのを観てたことがあったけど、

なんていうのかな、70年代の「科学万能主義」の気風が画面のそこここに漂っていて

その当時はハイセンスだったんだろうけど、今みると時代遅れもいいところ。

ほとんど噴飯もの、で見るに堪えなかった・・・・。

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ドクター・ノオ(007は殺しの番号)

1962

テレンス・ヤング

ショーン・コネリー

アーシュラ・アンドレス

ロシアより愛をこめて(007危機一発)

1963

テレンス・ヤング

ショーン・コネリー

ダニエラ・ビランキ

ゴールドフィンガー

1964

ガイ・ハミルトン

ショーン・コネリー

オナー・ブラックマン

サンダーボール作戦

1965

テレンス・ヤング

ショーン・コネリー

クロディーヌ・オージュ

007は二度死ぬ

1967

ルイス・ギルバート

ショーン・コネリー

若林映子/浜美枝

女王陛下の007

1969

ピーター・ハント

ジョージ・レーゼンビー

ダイアナ・リグ

ダイヤモンドは永遠に

1971

ガイ・ハミルトン

ショーン・コネリー

ジル・セント・ジョン

死ぬのは奴らだ

1973

ガイ・ハミルトン

ロジャー・ムーア

ジェーン・シーモア

黄金銃を持つ男

1974

ガイ・ハミルトン

ロジャー・ムーア

ブリット・エクランド

私を愛したスパイ

1977

ルイス・ギルバート

ロジャー・ムーア

バーバラ・バック

ムーンレイカー

1979

ルイス・ギルバート

ロジャー・ムーア

ロイス・チャイルズ

ユア・アイズ・オンリー

1981

ジョン・グレン

ロジャー・ムーア

キャロル・ブーケ

オクトパシー

1983

ジョン・グレン

ロジャー・ムーア

モード・アダムス

美しき獲物たち

1985

ジョン・グレン

ロジャー・ムーア

タニア・ロバーツ

リビング・デイライツ

1987

ジョン・グレン

ティモシー・ダルトン

マリアム・ダボ

消されたライセンス

1989

ジョン・グレン

ティモシー・ダルトン

キャリー・ロウエル

ゴールデンアイ

1995

マーティン・キャンベル

ピアース・ブロスナン

イザベラ・スコルプコ

トゥモロー・ネバー・ダイ

1997

ロジャー・スポティスウット

ピアース・ブロスナン

ミシェル・ヨー

ワールド・イズ・ノット・イナフ

1999

マイケル・アプテッド

ピアース・ブロスナン

ソフィー・マルソー

ダイ・アナザー・デー

2002

リー・タマホリ

ピアース・ブロスナン

ハル・ベリー

007 カジノ・ロワイヤル

2006

マーティン・キャンベル

ダニエル・クレイグ

エヴァ・グリーン

007 慰めの報酬

2008

マーク・フォースター

ダニエル・クレイグ

オルガ・キュリレンコ

こうやって眺めてみると、ちゃんと劇場で見たのは、いつごろなのかな?

たぶんロジャー・ムーアのは全く記憶にないから、見てないと思う。

なんとなく、ティモシー・ダルトンのは覚えているから、

劇場で見てなかったとしても、ヴィデオかなんかで観てるんだろうなぁ。

ただし、この頃っていうか当時のわたくしって

ティモシー・ダルトンがいかにイギリス的な男前でかっこいいかっていうのを全く理解できなくて、

ただ「なんかすごくコワい顔したオジサンだ」とか思っていて

・・・・子供だったんですね。

というか、彼は目力がとても強くてそこが受け入れられなかったのかもね。

この間、「アガサ 愛の失踪」っていう映画を改めて見ると、

惚れ惚れするほど美男子。それに上品だしね。

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なんでこの人の魅力に気が付かなかんだろう?と思うんだけど、

ま、それはしょうがないやね。

あとは、ピアース・ブロスナンのボンド映画は結構丹念に見ているんだけど、

わたくしからみれば、プロスナンって良くも悪くもソツがなさ過ぎて、

あんまり印象にのこらないんだよね。何となく紳士服のモデルみたいな感じがするし・・・。

やっぱり、ダニエル・クレイグの「カジノ・ロワイヤル」が一番好きだったかな。

金髪の新ボンドって、従来のボンド像を覆す!って結構話題になりましたけどねぇ。

ダニエル・クレイグは、顔だけ見ていると、

歴代のボンドの中では一番イケテない顔だとは思うんだけど、

なんていうかな、彼には何となくボンドが感じているであろう、

「心の痛み」とかスパイとしての「虚無感」みたいなものが伝わってくるんだな。

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今は「007」シリーズじゃなくても、

トム・クルーズの「ミッション・インポッシブル」など結構カッコいい映画あるから、

007もしのぎを削って、アレコレと工夫しているような気がする。

今回「スカイフォール」も実は楽しみにしているんですのよ。

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せっかくですので、「ロシアより愛をこめて」の歌詞を訳してみました。

イギリス英語は難しいですね。 

From Russia with love I fly to you,
much wiser since my goodbye to you.
I've travelled the world to learn,
I must return from Russia with love.

I've seen places, faces and smiled for a moment,
but oh, you haunted me so.
Still my tongue tied young pride,
would not let my love for you show
In case you'd say no.

To Russia I flew but there and then,
I suddenly knew you'd care again.
My running around is through,
I fly to you from Russia with love.

ロシアより愛をこめて、君のもとへ飛んでいくよ。

君にさよならを告げたあと、僕はかなり大人になって

世界中を旅してそのことにやっと思い至ったんだよ。

ロシアから愛をこめて、

君のところへ戻らなければならないと、ね。

いろいろな場所や人々がほんの束の間、僕の心を慰めてくれた。

だからといって、ああ、君の存在はいっときも僕の心をつかんで離しはしなかった。

あのとき、君が僕の愛に応えてくれないことを恐れて、

青臭い矜持が、君に愛を語ることを許さなかったんだ。

それからロシアへ行って突然、天啓が閃いたんだ。

再び君が僕の事を気にかけてくれているって。

これで、僕の女遍歴は終わりだよ。

ロシアから愛を込めて、君のもとへと飛んでいくよ。


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