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希望 [創作]

俺は今、無間地獄の血の池で、もがいていた。

ここにいるようになってからどのくらいの時間が過ぎたのかはわからない。

血の池の岸部には、鬼どもらが棍棒をもって、俺たち、地獄に落ちた亡者どもを待ち構えている。

池の底から浮かび上がって、アップアップもがいて、岸に寄ろうとすると、

鬼どもらが、ここぞとばかりに俺たちをしたたかに打ち据えるのだ。

そして、俺たちはしばらくの間気を失って、池の底に沈んでいる。

生きている人間ならば、ここで死ねるのだろうが、もう死んでいるのでそうもいかない。

そしてある時点で意識が戻って、そしてまた、水面にまで浮上してアップアップを始める。

そこへまた、鬼どもが待ち構えていて…

その繰り返しだ。

ずっとずっとずっと、この繰り返しなのだ。

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俺たち地獄の住人の世界は静かだ。皆なにも考えない。なにも思わない。 

しかし、たまに新入りが来ると、俺たちは「娑婆」と呼ばれる場所の、かすかな余韻に浸ることが出来る。

なぜなら、ここに来たばっかりのものは、まだ生きている人間の鮮烈な感情というものがあって、

「あっちの世に残してきた妻が恋しい」とか

「子供がまだ、小さいのにどうしているだろうか」とか

「残してきたおっかさんが気の毒だ」などという多少殊勝な感情もあれば、

「旨いものが喰いたい」とか

「女/男が欲しい」などという、

本能に根差した即物的なものまで、

娑婆の住人であればこそ、生々しいの欲に塗れているからだ。

俺たちは、もう言葉で相手に意志を伝えることはしなくてもいい。

心に浮かんだことはテレパシーとなって、ダイレクトに感応することができるからだ。

そうやって、はるか昔に自分が生きていた頃の、今ではおぼろげな記憶を

まさぐることもある…。

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だが、そういった生き生きとした欲求はここに、そうさな、百年から一千年ぐらいいると鈍麻して無くなっていく。

というか、忘れてしまう。

そのほうが楽だからだ、ある意味。

ここにいる時間の長さから比べれば、生きていた頃の時間など、それこそあっという間、

火花のようなものだった。

今や俺たちは、いや、ここにいる鬼たちも、とうの昔に感情というものなどなくなっている。

ずっと、苦しみを味わっていると、苦しみも苦しみと感じなってくるものだ。

生きていると、なにやかやと死ぬまでに達成しておかねばならないという焦燥感というものもあるが、

ここではずっと、同じままだ。別に目的もなければ、達成しなければならない義務もない。

そういう意味では気楽なものだ。ただ、罰を受けていればいいからだ。

誰にも期待していないし、されてもいない。

なにか、ここにいる亡者や鬼どもも含めて俺たちは、一種のぜんまいじかけの機械のように

意味のない運動をしているにすぎない。

俺に言わせれば、苦しみだけという色しかないのなら、それはそれで結構なことだ。

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しかし、そういった、まずまずともいえる地獄ライフを満喫している俺たちの心をかき乱すヤツがたまに現れる。

あの日も、ヤツがひょっこり現れた。

ヤツは、地上にいるとすれば、どこにでもいそうな、風采のあがらない、それでいて底抜けに人の良い、

喩えれば横丁のクマさん、八つぁんのような容貌(かお)をしていた。

俺は周囲を見渡すと、やっぱりヤツの姿を見た途端に、亡者どもはそれぞれの身体に戦慄を走らせた。

それから、一斉に、映画のスクリーンを見つめるように空を見つめていた。

そこに、何かがあたかも映っているかのように。

俺はそれが何かを知っている。

束の間の人生で、味わっていた最高に幸せだった瞬間を

ヤツが俺たちに見せているのだ。

仲間の一人が、(イヤ、この場合仲間という言葉を使うのは間違っているが)

そのオヤジに向かって怒鳴った。

「オイ、おっさんよ、どういうつもりなんだ。

 せっかく、あっちのことを忘れてそれなりに暮らしているのに、なんでこんなものみせるんだよ!」

おっさんはニッと笑ってこう答えた。

「そうそう、それだよ。わしはな、忘れて欲しくないんだよ。

だって、そうだろう?地獄は苦しむところなんだ。地獄で苦しまなきゃ意味がないだろうが。」

「なんだと?俺たちゃ、未来永劫、このまんまなんだぞ。十分に苦しんでいるじゃないか。

どうせ、この責め苦から逃れて楽になる術なんぞないんだ。」

「だがな、お前らも、いいかげんこういうのにも馴れて苦しみが苦しみじゃなくなっているじゃないか。

まぁ、一億年も責め苦を続けていると、もはや責め苦も責め苦じゃなくなってきとるわな。

それじゃ、もはや地獄も地獄と言えんだろう、うん?」

「俺たちゃ、まぁ、生きている間はたしかに、悪いことをした、極悪人だったろうさ。

大勢の人間を殺した、女を犯した、盗みを働いたのは、確かさ。

だがな、人生なんて、せいぜい長くて七・八十年のものだろう?

だからといって、未来永劫、こうやって罪を償わせ続けるのってどうなんだ?

こんなことをやっていて意味があるのか?

地獄なんて御大層なものを作って俺たちを苦しめ続けるよりは

いっそのこと、存在そのものを消去すればいいじゃないか?」

「ふふん、考えたな。

だからな、わしが親切にもこうやって、楽しい思い出を思い出させてやっているんだ。」

「だからな、それが迷惑だっていってるんだろ!」

「バカだな、お前ら。わしがなんでこの世を作ってお前らを創造したのかが、まるでわかっとらんな。

わしはな、お前らの反応をみて楽しんどるのだよ。

なんせわしはな、初めもなく終わりもないところに厳然と存在している想念だからな。

お前らは、ちょっと楽をさせるとすぐにわしの存在を忘れてしまうでな。

とにかく、わしは自分が無視されることには我慢がならん。

この地獄にいるお前らにとっての一番の苦しみはな、「希望」だ。

いつか、罰を受け続けることに慣れた身が、何かの拍子に過去を思い出し、

罪が償われるかもしれない、という一抹の希望、

そいつがお前らを打ち砕くんだな。

そのときのお前らの感情のヴィヴィッドな美しさといったら!

まるで火山のマグマが噴火するような爆発的な感情だよ。

本当に何度見ても、感動するよ。」

オヤジは感に堪えないとでもいいたげに恍惚としていた。

「おっさん、お前、実は悪魔だろ?絶対に神様じゃないよな?」

「う~ん、それはおまえたちがわしのことを勝手に付けた名前だろうが。

わしは、わしであって、悪魔でもないし神でもない。また神でもあって悪魔でもある。」

亡者たちは気が付けば、静かに涙を流して泣いていた。

「じゃ、何のために人間なんか作ったんだよ!」

俺は、思わず怒りに駆られ、おっさんに食って掛かった。

「おおお、実にいい顔をしている!

そうだ、わしはそういう顔がみたいんだ!」

おっさんは歓喜に満ちた声で叫んだ。

だが、次の瞬間、実に厳粛な面持ちで、俺たちにこう言ったんだ。

「お前ら人間にはとうていわしのキモチは解り得まい。

なんせ、全知全能という存在は厄介でな。

想定外のことが起こると、わしは感動してしまう。

お前ら、人間を創るとき、完全無欠で罪を犯さず、絶えずわしを褒め称えるように

プログラミングすることもできた。

しかし、そんなロボットみたいなもんを創ってなにが楽しい?

ホサナ、ホサナ、主なる神を褒め称えよ、ってか?

そんなもん、十回も聞けば飽きちまう。

そこには必ず、偽善が混じっておるよ。

私はいい人間です、と自惚れておるのさ。

つつがなく善人をやっておられるのも、神の恩寵あってこそなのにな。

そんなのは、ただ小賢しいだけの、臆病な小心者にすぎないんだ。

しかし、わしはそんな奴らには興味がない。

お前らこそ、わしの生きがいなのだ。お前らこそ、神に選ばれし者なのだ!

なによりも、お前らのその、全く取り繕うことない憎悪に満ちた顔、絶望した顔、

それこそが人間の弱さであり、美しさだ!

だから、わしはお前らをわざわざ、罪を犯すように作ったのさ。

まぁ、「希望」と「絶望」は人間にとって「気付け薬」のようなものだよな。

人間の存在とは、いわば「神を面白がらせる」ためにあるんだよ。

なんせ、わしは唯一無二の存在だから、孤独なんだよ。

そして、非常に退屈なんだ!

わかってもらえるかな、決してわしはこの自分自身という存在を「無」にすることはできないのだ。

永遠に存在する孤高の存在なんだよ。

お前たちも、ぜひとも今後ともわしにつきあってもらいたいものだな!

わしは至高の存在である以上、希望も絶望もないものでな。」

~END~


キンモクセイ [創作]

今はキンモクセイが満開。

あちこちに小さいオレンジ色の花が咲いている。

そして、きれいな、とてもきれいな香りが漂ってくる。

この香りを嗅ぐと「ああ、秋も深まったんだなぁ」ってしみじみした気持ちになる。

だけど、私はこのきれいな、きれいすぎる香りが好きじゃない。

あまりにすっきりとまっすぐに美しくて、あまりにまっとうで

いうことがないから。

そしてなにより単純だ。

それは私にふさわしくない。

何とひねくれた人間になったのだろう―

私は一筋縄でいかない複雑なもののほうを愛する。

すっきりした和音より、不協和音が美しく感じるときもあるでないか。

ときに臭いとおもうことも、えもいわれぬ芳香に感じることも

人生にはままある。

そう、それが大人の感性というものだ。


あした [創作]

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こどものころは、あしたと言う日はたとえていうなら守護天使のような存在だった。

トモダチにいじめられても、

テストの点数が悪くて親に叱られても

一晩寝てしまったら忘れてしまえた。

そして、次のあさは、どんな日になるかわからないのに、

それでも、あしたは

おひさまによくさらされた、まっさらなあらいたてのシャツをきたときのように、

何も書き入れていない帳面を買った時のように、

新鮮で、きっぱりと潔癖で、そしてやさしい―

ふんわりとした美しい光にくるまれて、希望と言う国からいつもやってきた・・・。

それなのに、いまの私にはあしたには天使の影すらみつけられなくて、

いつのまにか、明日はどんよりとした今日という日のはなてしないつづきになってしまった・・・

希望が砂のように指から零れ落ちていく、

無情に。何の容赦もなく。苦くて切ない後悔とともに。

そして、心には物憂いやるせなさ、理不尽さに募る怒りという負の感情が

塵のように積もっていく・・・・・・音もなく、ひっそりと。

人生の理不尽さに、いくたび泣いたことだろう。

いつのころからだろう、こんな日に変わってしまったのは。

それは、幼い頃描いていた夢は夢にしかすぎない、とわかってしまったから。

明日はきて、また去っていく。

それでも私はいのろう。

地上からは暗黒の雲がおおわれていたとしても

その空の上にはやはり明るい太陽が照り渡っていることを。

あまねく人々に天使の愛が降り注いでいることを。


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